非エロ:提督×大井13-217


「――督、提督」

「はっ……」

緩く肩を揺すられて、自分は慌てて目を覚ました。
脳が気だるい中、ぼやけた視界を指で擦ったり、目頭を押さえて何とか現実に回帰する。
少し責めるような顔が姿が、炬燵右側にあった。

「しっかりしてください。まだお昼過ぎです」

「すまん」

大井の言う通り"まだ"なんだな。
さっさと夜が来ないものか。

「このまま夜になっても、執務は終わらないの、分かってますか?」

分かっている。
それと、ペン先を人の顔に差し向けるのは危ないからやめなさい。



昼に裕福な食事をすると、食欲は満たされるが、代わりに睡眠欲を掻き立てられるのは、何とも解せない事だ。
加えて、朝の目覚めがすっきりしない程度に普段より睡眠時間を削った今日は、中々身が入らなくて困りものである。
昨日自分の膝で寝た赤城は結局日付が変わる前に起き、私には礼を、大井には畏まって謝罪して自分の寝室に戻って行った。
その後残りの執務に追われた結果がこれだ。
しかし自分で言い出した事なので、この事で赤城を恨む気はない。
幾つかの書類に目を通し、赤城の、間宮券配布頻度向上願いの旨が書かれた申請書に却下の印と理由を記入、
する途中でまたも自分の意識は落ちる。

「提督。起きないと二十発、撃ちますよ」

「はっ……」

気がつけば、赤城の申請書の下辺りを、意味の分からない線が無秩序に走っていた。
手が自分の制御を離れて、文字の尻辺りから勝手に動いたらしい。

「ああもう、何やってるんですか。……」

その申請書を取り上げ、急に黙り込んでじっと見つめる大井は、一体何を考えているのだろうか。
欠伸を出す愚かな口を手で覆い隠してから、大井に問う。
何処かおかしな記述でもあったか。

「いえ、赤城さんはやっぱり危ないと思っただけです」

良く分からない科白を残して、その申請書を炬燵の上から畳に移した。
こちらとしても脳があまり働いていないので、それについて突っ込む事なく流す。
大井は筆を置き、畳からこちらに意識を移す。

「もし今のが重要書類だったらどうするんですか」

上に謝るしかないな。
兎に角、こんな適当な返事しかできない程度に、今の自分には仮眠が必要のようなのだ。
仮眠を取らせてくれ。
でないと、この後の書類どもにも酔っ払ったみみずを幾つも作ってしまう。

「もう……仕方ないわね」

すまないが、三十分後に起こしてくれ。
ではな。

「提督? 何処へ行かれるんですか?」

だから仮眠だと……。

「ここで寝ればいいじゃないですか」

そう言って、大井は自分の膝を炬燵から出し、それをぽんぽんと叩く。
大井の膝で寝ろと。
気持ちはありがたいが、大井は執務を続ける気じゃないのか。

「大丈夫です。提督の頭と一緒に膝を炬燵に――」

やっぱり奥で寝る。

「冗談ですよ、もう」

からかうのが面白いと言った具合にくすくすと手で口元を隠す。
なんだかんだで自分も応酬を楽しんでいるのだが、如何せん欠伸は抑えられまい。
噛み殺す事さえせず馬鹿正直に途中まで欠伸を見せ、気がついてはっと手で口を覆う。
嗚呼、もう駄目かもしれん。

「……みっともないというか、間抜けです」

大丈夫、大井くらいにしかこんなに間は抜かないさ。
自分で言っていて何がどう大丈夫なのか分からないが、
呆れた顔でぽつりと零す大井の貶し言葉も潜り抜けるように、のそのそと四つん這いで移動する。
大井の傍まで行き、目前の膝を凝視したところで、今まで行かなかった意識が行く。
スカートが短いので、太腿の半分程が露出している。
これから、この生脚を枕に寝るというのだ。自分は。

「どうしたんです? 寝ていいんですよ」

流石に少しは躊躇うのだが、大井は気にしない、というより、気が向いていないようだった。
膝に顔を埋めていいか、等と聞いてみたらどのような反応を示すか気にならなくもないが、
膝枕をさせてもらえなくなる恐れも考えて、黙ってまず横向きに寝転がる。

「ん……」

重くないか?

「平気です」

肉体が人間より見た目以上に強化されている艦娘には愚問だったか。
人間と違うのは強度だけで、感触は何ら自分と変わらないような、むしろ自分より柔らかいのは本当に不思議だ。
体は横向きのまま、頭を真下の生脚に挟まれた空間に向け、鼻で思い切り深呼吸を……。

すーっ、はー。

「なっ、何やってるんですかっ」

嗚呼、いい匂いだ。
やめろ、頭を引き剥がそうとするな、もう少し嗅いでいたい。

「やめて下さい! は、恥ずかし――」

ぺろ。

「ひゃあ!」

どんっ。

自分の頭は大井の手によって畳に突き落とされた。
い草が原料の畳だから良かったものの、絨毯を敷いただけのフローリングならきっと非常に痛かった。
ひどいじゃないか。こんな事をするなんて。

「私の科白です!」

頭を擦って起き上がると映るは、短いスカートの裾を掴んで精一杯膝を隠そうと顔を少し赤らめる大井の姿。
恥じらう乙女は眼福である。
臍出しは恥じらわない部分は、首を傾げるところだが。



そういえば、艦娘に膝を貸すのは慣れる程経験を積んだが、自分が艦娘に膝を借りるのは初めてかもしれない。

「初めてなんですか?」

初めてだ。
そう返すと、こちらを見下ろす大井は顔をにやにやさせる。
訝しむ顔を作ってもの言わず問うと、大井はこう答える。

「提督の初めて、また貰っちゃいました」

そう言って、自然に私の頭を撫で始める。
艦娘の前で泣きべそを掻いた件等間違ってはいないが、変な言い方はやめなさい。

「何なら、子守唄でも歌ってあげますか?」

それはいいな。
実のところ、今は大井との会話を楽しみたくて眠気を堪えている状況で、目を閉じれば自然と眠れる程なのだが、
大井の子守唄とあらばそれで眠るのも乙なものかもしれない。
頼んでから、目隠しの要領で腕を自分の目に被せると、即座にやんわりと大井によって退かされる。
大井はまだにやにやしている。

「寝顔を見せてください」

流石にそれは少し恥ずかしいものがあるな。
大井に膝を貸した事もあったが、あの時は恥ずかしくなかったのか。

「恥ずかしくないわけじゃないですけど、それ以上に……」

それ以上に、何だ。
そこで言い淀むのは何故だ。

「うふふ、秘密です」

実に楽しそうに、自身の頬に空いている方の手を当てて笑う。
そして、詮索無用という風に、さっさと子守唄を唄おうと息を吸った。
自分も合わせて目を瞑る。

「――――」

まず鼻唄。これで音程をしっかり取ろうという訳か。
流石だ、と言いたいが、この唄は少し怪しい。
これは確か……。

「沖の鴎~と、飛行~機~乗~りはヨ――」

待て待て待て。

「何ですか?」

目を再び開けると、さも邪魔をするなというように口を尖らせる大井の見下ろす顔が。
確かに声自体は優しく細くて音程もしっかり取れているのだが、待って欲しい。
子守唄にダンチョネ節を唄う奴があるか。
眠れる訳が無い。
それを空母の前で歌ってみろ。きっと泣く。
ついでに回天を乗せられた北上も泣く。

「艦の前では唄いませんよ。こんなの」

多くの国民に定着しているし不謹慎だのなんだのは思わんが、今は子守唄を頼む。

「仕方ないですね……」

そしてまた、息を吸う。

「――――」



選曲としては、子守唄、というよりは童謡だった。
ゆっくりとしたテンポで鼻唄と組み合わせて優しく唄い上げるので、
もう少し聴いていたいと思いながらも、たった二曲程度で、
大井に慈しむような眼差しに見守られながら、自分の瞼と意識は落ちた。

……………………
…………
……

「……寝ちゃいました?」

少し照れ臭くも我慢して、唄い終えてから小声で投げかけた問いかけに、返事はなかった。
普段は距離を置かれるような強面を
――具体的には目付きを鋭くしたり、眉間に皺を浮かばせる等――
作っているのに、寝ている時の顔と来たら。
本当に子供のよう。
この人は私含む一部の艦には自然な顔付きで接するが、寝顔を見せたのはきっと私だけ。
寝顔を見せて欲しいという願いを受け入れ、無防備な寝顔を抵抗なく見せるのがどれほどの信頼の顕れか。
経験しているからこそ私がよく知っている。

「……困った人」

昨日の赤城さんを始めとする他の艦の寝顔を見ていると言う。やらしい意味ではなく。
……少し黒い感情が湧く。
昨日の赤城さんのせいでこの人は寝不足を強いられたと言っても過言ではないのに、
この人は赤城さんを責めようとはしなかった。
しかし、ああいう方法で艦娘を癒すのはとても良いことだと思う考えもある。
……この相反する考えのうち、私はどちらを取れば良いんだろうか。

「……はあ」

しかし、そんな自分探しは今でなくてもできる。
今は流してこの安らぎの時間を楽しもう。
……この人が赤城さんを責めない理由が少しだけ分かった気がする。

膝枕って、してあげる方にとっても、心地良いことなのね。

「北上さんにも、やってあげようかな……」

北上さんは本来、私の姉だから、私がされる方なのかもしれないけど。
膝枕してあげて、こうして頭を撫でて――。

「髪、硬い……」

北上さんや私と違い、男であるこの人の髪は細くなく、また少し硬い。
髪を潮風に晒しつつ、私達ほどの細かい手入れをしていないからか。
異性にしてあげる膝枕とは、こういった発見もあって面白いものなんだ。
いや、少し違う。
それもあるが、やっぱり、好きな人だから格別なんだろう。

"私に見られながら眠るのは恥ずかしくなかったのか"

この人のこの問いの答えを伝えるのは躊躇ってしまったが、
その答えはとても青いものなので、中々伝えるのは難しい。

好きな人に見守られながら眠りたい、なんて。

そんな、スキンシップとも言える膝枕なんて、私からすればこの人や姉妹艦くらいにしかしようと思わない。
そういえば、この人は私以外を私を見る目で見ることはないと言うが、
どういう考えで他の艦に膝を貸してあげているのだろう。
起きたら問い質してみようか。

「……ふふっ、ごめんなさい」

問い質して困ったように縮こまるこの人の姿なんて、想像するのは敵に魚雷を当てるよりも容易いし、
下手すれば、魚雷で敵艦を鎮圧させるより見ていて楽しい。
笑いながら謝っても意味ない、かな。
ああ、この鎮守府にいると。身を委ねるように寝息を立てるこの人といると。



「幸せ、です」


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大井
最終更新:2016年12月02日 17:00