どんよりした水平線から、複数の影がこちらへ向かってくる。
着ている雨具を突き破らんばかりに無数の水の弾丸が灰色の空から降り注ぎ、
しっかりと足を踏ん張らないと倒される程に暴風が吹き荒れる。
この悪天候に見舞われながらも、確かにあの影が四つある事を確認した自分は胸を撫で下ろした。
やがて艦隊が陸へ上がり込んだので、自分は旗艦に手を差し出した。
旗艦は随伴艦に目で合図を送ると皆それぞれが手を結びつけ、
最後に二番艦と手を結んだ旗艦は、こちらの手に自分のそれを捕まえさせた。
水に塗れた手を滑らないよう力を込めて握り合い、艦隊と自分は本棟へ向かって歩き出す。
艦隊は帰投した。
被害はあるが、全艦健在である。
……………………
…………
……
「なんで外に出てきたんですか。風邪でも引かれて指揮に影響が出られると困るんですよ」
雨に打たれないよう雨具を着たのだから、そう簡単には引かない。
こう反論しつつ、自分は下部装甲の残骸を両手で押さえる旗艦大井の濡れた頭にタオルを乗せる。
他に小破や中破した随伴艦にもそれぞれ回し、自分も雨具を脱ぐ。
大井は下部装甲の残骸をしっかりと押さえているが、
上部装甲の残骸については押さえなくても落ちない事によるのか、意識が向いていないようだ。
だから、濡れた装甲が遮蔽効果を失って透けていたり、
タンクの下部が遮蔽物無しで見え隠れしている事も気づいていないのだろう。
装甲の破れを気にしつつ体を拭く艦を尻目に、実は目を逸らす為に窓一枚挟んで向こうの景色を見やる。
出撃を発令した後に、恨めしげに窓を叩き始めたこれはにわか雨ではないらしく、雨脚が弱まる様子はない。
牢屋の看守の如く巡回する南西諸島海域も、堤防に乗り上げんばかりの荒波では、制圧は難しくなるだろう。
何より航空機がまともに機能しなくなる。
別にこの任務が今日遂行できなくとも、首が職的にも物理的にも飛ぶと言う事は、
大口径主砲と航空機と魚雷と爆雷等全ての装備を搭載する深海棲艦の存在よりもあり得ない筈なので、
今日の任務遂行は中断する事にし、帰投命令を出したと、こういう事情だ。
「おい、提督」
「ん?」
空と睨めっこする自分を、小声ながらも引っ張るように呼び戻したのは、二番艦の雷巡木曾だった。
空を睨む自分と同じように私を睨み、他に聞かれてはいけないのか口の横に手で壁を立てている。
尚、木曾は対空攻撃が秀でているお陰か小破で済んでおり、装甲の破れは気にならない程度に留まっている。
「姉御が両手塞がってるんだから拭いてやれよ」
「……一応聞くが姉御とは」
「大井の姉御だ」
確かに木曾の姉妹艦は、この第一艦隊の中では大井しかいない。
しかし、だ。
木曾の頭上を通って向こうの大井を見やる。
大井は片手で下部装甲が落ちないよう押さえながら、不便そうに片手でタオルを不器用に扱っている。
こちらの視線に気づいた。
すると、目を細めた。
「……なんですか? 撃ちますよ?」
自分の目を不可解な物に変えて木曾に戻す。
どうやら木曾は何の変哲もない眼帯を右目に、
そして馬鹿には目視できない摩訶不思議な眼帯を左目に装備しているらしい。
姉の今の状態と様子が分かっていないようなのだ。
これではどちらが馬鹿か分からんな。
否、あるいは唯一無二の左目に損傷が生じたのかもしれない。
明石か修復ドック、木曾はどちらが好みだ?
ちなみに北上の姉ちゃんなら現在進行形で明石から修復を――艦娘ではなく艤装に――施されているぞ。
「両手塞がってるって言ったろう」
分かっているなら、男である自分が半裸の艦娘の体を拭くのがどういう事なのかも分かる筈だ。
お前相手にも偶にする軽いスキンシップからは遠く離れた物になってしまうのは分かるか?
そこの戦艦と正規空母から飛ばされる視線は、
非難する物、敵艦を見る物、はたまた汚物を見る物のどれになるのだろうな。
それを好奇心で検証しようとする考え等、対潜艦を含めずにリランカ島へ出撃させる考えより念頭にない。
あるいは視線でなく、弾丸が発射される可能性も考えられる。
何より確実なのは、残存している全ての魚雷を用いて大井に攻撃される事だろう。
ここは水の中ではないから、使うとしたら鈍器として殴打して爆発させるのが正しい使い方か?
「だったら艤装は回収してやるから、執務室にでも連れ込め」
何の心配も要らない、と言う具合にこんなところで不敵な笑みを浮かべられてもな。
一体何故そんな事を自分にさせようとする?
「…………」
すると木曾は、迷うように視線を下に落とした。
その沈黙は、私の出した問いの答えが分かっていないのではないように感じる。
そうではなく、その答えの伝え方を選んでいるのではないか。
やがて後ろでは小破した戦艦が、中破した正規空母と大井の水拭いを手伝い始めたところだ。
木曾と再び目が合わせられる。
「それは俺の口からは言えないねえ。お前自身で考えてみな」
それが分かったら苦労はしないのだが。
と言う反論は受ける気無しに、木曾は言いたいだけ言って踵を返してしまう。
「姉御、失礼するよ」
「……何やってるの?」
自分が大井を労るのは確定事項になったらしく、大井の足元に屈んで何やら魚雷発射管を弄っている。
すぐに発射管十門二組が両足から降ろされ、続いて背後に回り背中の艤装本体も取り外された。
これで艦娘の高い攻撃力はなくなり、強度を底上げされた事による高い防御力を秘めた肉体だけが残った。
だが艤装がなければ良いと言う問題ではない。
木曾は勘違い等起こしていないだろうな。
「聞いたか、提督。姉御はお前の下で修理されたいってさ!」
「!?」
突然意味の分からない事を木曾は大きな声で発した。
一番状況を理解していない大井自身が、
渦潮が目の前に瞬間移動して来た位に――そんな経験はないが――驚愕した反応を見せるのも仕方が無い。
木曾は何を言っているんだ。
「……大胆ね」
「なるほど! 大井さんなら、司令に入渠するのも有りでしょう」
加賀と霧島よ止めろ。
変だと思え。
何故当事者の自分らが状況について行けず部外者が引導しているのか。
提督が艦娘を修理するとはどういう事なのか。
ここに懇切丁寧に説明する者はいないようだから、
これらの疑問の答えが分かるなら呉の提督でも佐世保の提督でもいいからここに来て説明してくれ。
交通費なら出してやるから。
「ほら、姉御行けっ」
「あっ!」
背中を突かれて突進してきた大井を体で受け止める。
大井の、冬の暴風雨を浴びた体はかなり冷たい。
「後は任せたぞ。俺らは入渠でいいよな?」
「……もうドックでも明石でも好きにしな」
置いてけぼりにされた結果、自分の態度は投げやりな物になる。
それでも充分に満足したのか、木曾はそれを聞くと頭を拭きながら、
加賀と霧島と共にさっさと工廠へ向かってしまった。
なんて気ままな奴らだ。
「…………」
「……っ!」
取り残された自分らは硬直していたが、突然弾かれたように大井が離れた。
どう接するべきか迷うが、一先ずは聞いてみる。
「……来るか?」
「…………」
聞こえたか聞こえていないか、大井は何の反応も見せない。
やはり駄目か、と思った直後、空気は震わせられる。
「……行きます」
今日は、変な日だ。
……………………
…………
……
「木曾ちゃんと、何を話していたんですか」
結局、執務室にて畳に正座する大井の体を拭く展開となった。
艤装がない事が良かったのか場所が良かったのか、大井は抵抗する事がない。
始め互いに無言だったが、突然大井はぽつりとこんな事を聞いてくる。
自分はまず髪の水分を吸い取る作業から取り掛かっていた。
不快でないよう慎重に、柔い力で頭頂部にタオルを押し付ける。
「姉御の体を拭いてやれ、だと。押し付けがましかったが、深い意味でもあるのかね」
「……木曾ちゃんは流石ね」
「分かるのか」
妹が優秀なら姉もまた然りと言う訳か。
いや、姉妹にしか分からない何かがあるのか。
雨風に晒されて傷ついたようにぎしぎしする長髪も、折ったタオルで挟み、
水分を吸い取っては下へ、吸い取っては下への移動を繰り返し、確実に水分を抜き取る。
「んっ……」
髪を拭き終え、体の水分もタオルに移していく。
前部を拭く際は、残骸を押さえていた手も退かされた。
拭きやすくしてくれたのはありがたいが、観念でもしたのだろうか。
やがて背中を最後に全身の表面から水分を無くすと、再び大井は口を開く。
「提督、まだ寒いです」
「それなら、自分の部屋から代えの服を持ってこい。ここならストーブも……?」
偶に忘れそうになるが、艦娘の肉体は耐寒仕様だ。
その筈なのに"寒い"とはどういう事だ。
途中でそれを思い出した自分は科白を止める。
大井は私に背を見せたまま科白を続ける。
「誰も"体が"なんて言ってないのに」
なので、大井の前に座り、顔を伺った。
ほんの少し笑いながらこう言うが、この笑い、喜び等によるものでないのは明らかだった。
「体が耐寒仕様でも、心もそうだとは限らないんですよ?」
大井の体を震わせていたものは、どう考えても喜びによる物ではないからだ。
ちっとも楽しげでない不自然なこの笑いは、
恐怖を紛らわせようと、恐怖から逃げようとしてできるものではないか?
つられて急激に不安が募る。
「やっぱり運がいいわね、北上さんは。天気が悪くなる前に入渠できたんだから……」
「大井?」
そこにある物は何だろう。
北上への羨望か。嫉妬か。安堵か。
それら全て?
「ねえ、提督……」
「大井……!?」
大井は伏せていた目を、やっと上げてくれた。
そこの水分を拭き取った覚えはないのだが、何故かそこも不自然なまでに水分がなく、
普段の綺麗な茶色がかった瞳が、今はまるで錆びに錆び切った鉄のよう。
その瞳がじろ、と向けられて自分は戦慄した。
「温めて、くれませんか?」
自分はすぐさま大井の肩に飛び込み、震える肩を鎮めるよう抱き締めた。
しかし、この後がどうしたら良いのか分からない。
温めるとは、具体的にどういう事なのだ。
暖房器具を使う?
それとも今のように人肌で?
あるいはこれよりも……。
「駄目ですよ。ここだと、誰か入ってきた時に見られます」
まるで私の頭でぐるぐる回っていた疑問のうちの一つにタイミング良く答えるように、
私の肩に顔を埋めることになった大井はこんな事を言う。
私の頭の中の声が聞こえていたのか?
こちらが迷いに迷っていると、大井は待てないようにまた言葉を繋ぐ。
「これだけじゃありませんよね?」
直後、執務室の扉を施錠し、自分らは裏の寝室へ引き篭もった。
……………………
…………
……
乱雑に退かした掛け布団が未だに邪魔だった。
蹴り落としてからはそれが汚れる事等考慮せず、この手に抱いた華奢な身体だけを念頭に置く。
装甲の損傷は激しく、背中はどこを擦っても素肌の手触りしかない有様だ。
「……、……っ、……っ、……ぁ」
口を重ねた時は息を止め、口を離した時は息を小さく吐く。
それは一つ一つがとても軽いので、短時間で連続して行える。
唇を重ねると言うよりは口を重ねると言う方が適切な程に、
尖らせずに交わすあっさりしたものだが、不満等なかった。
こいつが修理の名目でここにいるからなのか。
「……、っ……」
違う。
相手が大井だから、軽くても激しくても自分は十二分に満足だ。
「…………、はぁ……」
私の肩にかける大井の両手が、長めの接吻に悶える反応をしてかやや強張った力が入っているのが分かる。
口を離して目を開けた。
干潮だった大井の目には、いつの間にか並に水が戻って来ているようだった。
自分のした事が、功を成したらしい。
その様子に安堵する。
「時間は弁えなくて、大丈夫なのか?」
「……何言ってるんですか、外を見て下さい」
すぐ横に首を回せば、窓から外の空模様が伺える。
激しい雨が窓を叩き、耳を澄ませば風切り音も聞こえる。
「もうこんなに暗いじゃないですか。何の問題もないです」
確かに暗いと言えば暗い。
しかし、それは太陽を分厚い巨大な積乱雲が隠しているからだ。
真っ黒な本当の夜とは違い灰色。
サイドテーブルに置かれた時計の時針はまだ真下を通過していないのだが、大井は見る気は無さそうである。
また、見る気が無さそうなのは時計だけではなかったようで、
ほんの数秒だけ窓の外を見た後、逃避するように下に視線を落とす。
「私が沈んだあの日も、これくらいの台風があったんです」
「……そうなのか」
「はい。敷波ちゃんとはぐれないよう速度を落としていたら、潜水艦に機関部を……」
沈む時の様子はそのようなものだったのか。
生憎と日付や簡単な事柄が記されただけの簡易な経歴しか見ていない。
大井からして見れば、その印象的な光景と似たものがあれば、
非なるものでも重ねてしまう位には思うところがあるのだろう。
艦娘のように命を落とした記憶等持ち合わせていないので、自分は共感する事は不可能だ。
それでも、その古傷を舐める事なら可能だし、それが悪い事だとは思わない。
大井が修理を委ねるなら、自分は拒まない。
「カーテン、閉めて下さい」
拒まない。
邪魔者を入れないよう、しゃっとすぐに閉める。
日除けによって明るくない光は完全に遮断され、無感情な部屋の明かりだけが自分らを照らす。
外の騒音も聞こえなくなったのは、多分日除けの効果ではなかろう。
あまり放置するのも良くないと思い、大井の首筋に顔を近付けていく。
「んぁ……」
首筋に、くにゅ、と口を押し付ける。
大井は小さく震えた。
次に、露出している左の鎖骨に押し付ける。
その次は、左肩。その次は、左腕。
次々と熱を与えていく。
露出している部分をいやらしく狙って。
そういえば忘れていた所があった。
一旦口を離し、大井を見つめながら顔をそこへ近付ける。
「ぁ、っ……」
耳。
そこへ近付けようとした際、大井は目をぎゅっと瞑る。
しかし構いやせず、温かい息が出るような口を作り、肺から押し出す。
はーっ。
「っ!」
大井の両手が、私の上着の肩に皺を作る。
しかし知った事ではない。
寧ろ元に戻らない皺を作ってしまうような反応をさせてやろうか。
ぱく、と小ぶりな耳たぶに喰らい付く。
「ひっ……」
体温が低いとよく言われるここは、念入りに温めてやるとしよう。
耳たぶを咥え、そのまま離さない。
加虐心は更に猛威を奮う。
「……~~っ!」
挟んだまま唇をもごもご動かすだけで、大井は声にならない嬌声を漏らした。
私の肩に置く大井の手は、布地を掴んだまま握り拳になっているのがよく分かる。
舌を差し出して這いずり回り、中も温められないか試す。
「や、ぁ……、ぅ……」
蚊の鳴くような嬌声が何とか拾える。
満足しているらしい。
これを暫く行い、顔を覗き込んでみる。
目が合った。
それから物欲しげに小さく開ける口。
惜しまずに今一度同じ物を重ねる。
こちらの方にも舌を使う。
「ぅ、ん……、ちゅる、ちゅく、はぁ」
舌を出すよう命令等していないのに出してくるとは、温もりに飢えている証か。
できるだけ伸ばし、自身の所へと互いに引っ張り合い、外れたらまた絡ませ……。
こんな事をしているうち、唾液も分泌されていく。
それだけでなく欲も少しずつ分泌され、肩を抱いていた右手を頬に添える。
「ちゅ、えぅ、……」
それに反応してか、大井が離れていった。
目を開けてみると、同じくうっすらと開かれた目と合う。
名残りか色っぽく少しだけ出された大井の舌とは一瞬遅くまで唾液で繋がっていて、
感触が舌の先端に残っていながらも結局切れてしまったのが惜しい。
"この手は何ですか? 何かの演習ですか?"
目がこのように物を言っている気がした。
自分としては演習等ではなく、実戦のつもりである。
舌を引っ込めて目を瞑り直し、すぐに唇を奪う。
「んむ……!」
向こうが目を閉じていたか等知らん。
今度は舌を使わず、純粋な接吻でそのままにする。
鼻息なんか漏らしたら海に飛び込んで息絶えて溺死する位の気持ちで、息を止める。
加えて頬に当てた手を上下に非常にゆっくりと動かし、撫でる事で温めてやろうと考えたのだが、
大井の顔の熱よりも自分の方が熱いような気がしてきた。
柔らかい唇から熱を移されているのだろうか。
頭の中が曇るように靄がかっていくのは、
自分が息を止めているからか、脳がこの熱で溶かされているからなのか。
「…………っは! はあ……はあ……っ」
一分程の呼吸停止を終え、互いに肩を揺らして空気を取り込みにかかる。
くらくらする意識の中、大井の目を覗き込むと、すっかりそこは満潮になっていて、少し溢れてきていた。
そういえば最中、ほんの少しだけこちらに大井の息が当たっていてこそばゆかったのだが、
それでも大井としては息を止めているつもりだったのだろう。
この呼吸停止がそこそこの負荷になったのかもしれない。
指で涙の粒を拭う。
「提督……、ちょっと、はあ、温めすぎです、はあ……」
「悪かったな……ふう……」
大井は責めてきたが、それは全く棘の感じられない物だった。
形式的に口で謝罪しつつも、それに反した行動に踏み込む。
大井の息が整わない、隙だらけのうちにと、このまま押し倒す。
「あっ……」
大きいとは言い難いシングルベッドでも、大井の身体はその半分程しか占めない。
肉体的には自分よりも強い筈だが、その華奢な身体は、か弱く見える。
いつの間に落ちたか、下部装甲の残骸は無くなっており、無事であったカバーを隠す物はなく、
中心に位置する上に唯ひたすらに真っ白と自己主張するのだから、目が奪われるのは仕方の無い事だ。
なのに、それに気づいた大井は往生際悪く大きくない手でカバーを隠そうとし、
左足で右足を隠すように足を閉じてしまった。
しかしここまで来て羞恥心を発動されても、こちらがやめる道理はない。
目標は、腕。
まず左の方へ顔を近付け、前腕に口を押し付ける。
「ん……」
少しずつ場所を変えたり、右腕にも幾つか降らせる等したが、退かそうとはしてくれない。
次に、くびれた弾薬庫を横から撫で回し口付けを繰り返す。
こうした場で見る臍は普段より可愛らしさが増していて、それに惹かれて臍周りを特に狙う。
「ん、もう……、変態みたいですよ……」
それでも大井はこの邪魔な両腕を退かすどころか、生意気な口を叩く。
それならと、下の方へ移る。
そこを遮る物は靴下のみで、殆どの面積が露わだ。
ベッドのシーツと少しの違いしかない位には色白寄りの綺麗な足を見ていると、
思わず舌を出してしまう自分は確かに変態なのかもしれない。
つー……。
「ひゃ、ぅ、ん、んん……!」
舐められて足を震わす大井も大概だと思うが。
寧ろこのような場になると、意識せずとも顔が一切の真顔になる自分より大井の方が……。
足を舐めたり頬を擦りつけて柔らかさを堪能しているのに、頭の中で妙な御託を並べている場合ではない。
上の方で依然とカバーを隠す大井の両手に同じ物を重ね、
どさくさに紛れてこっそりと両手を退かす作戦を遂行する。
「うぅ……」
明らかにばれていた。
しかし観念したか抵抗はしない。
元はと言えば大井から誘って来たのだから、そもそも抵抗するのが可笑しい。
この流れに乗り足もゆっくりと開かせる。
それでもあまりみっともない姿勢は抵抗があるのか、何とかそこを覗ける程度しか開けてくれない。
しかし気にしない。
大井の両手を掴んで両脇に退かしたまま離さず、大事な部分に顔を近付ける。
視界が白で埋まった時、鼻から空気を吸い込む。
すーっ。
「……っ」
臭いで、そこも雨水に濡れていた事が分かった。
流石にこの場所は拭いていない。当然だ。
そのまま時間が経過して勝手に水分が飛んではいるが、まだ湿っている。
汚い雨水なんぞ口にしたくない。
そう思い一旦離れてから白いカバーのふちに手をかけ、ゆっくりと下ろしていく。
大井は顔を真横に曲げて、抵抗するのを堪えているらしかった。
健気に目も瞑っている。
足首からカバーを完全に抜き取って足を再度やんわりと開かせれば、
これまであまり目にする事のなかった魚雷の装填口が、明かりの下露わになる。
殆ど使い込まれていない、と言うより、使い込んでいないそこは、外から見て綺麗だった。
外でこれなら、ぴったり閉じているこの先は更に綺麗なのだろう。
万一逃げられる事のないよう腰を両手で抱え込み、
生えていると言えば生えてはいるが、成熟しているわけではない少しの茂みに口をつける。
ちゅ。
「えっ!?」
そこは、驚きに身体を強張らせる大井の意思とは逆に、柔らかさを秘めていた。
茂みだけでなく、周囲も含めた装填口全体に舌を這わせる。
ぺろ、ぺろ。
「やっ! だ、提督、そこはっ、温めなくて、っあ!」
何を言っている。
カバーが濡れていたのだから、ここも冷たくなっている……事はなかった。
もうそれなりに熱を持っている。
寧ろ先程までつけていたカバーの水分は、ここの熱に奪われたのではなかろうか。
そういえばここだけ局地的に湿度も高い事が体感だけで分かる。
拘束から解放していた大井の両手が、自分の髪を力のない手で掴むが、装填口に舌を埋める形で続行する。
「ていと、くっ、聞いて下さ……」
れろれろ。
「んやぁぁ……」
普段の様子が色気とは無縁の、大井の色っぽい嬌声を浴びながら、自分は脳に送られた味覚に首を傾げていた。
寒い冬の季節では、よっぽどの運動でもしない限り汗は出ない。
汗とは体の熱を逃がす為に出てくる物だからだ。
現に、自分は汗等出ていないし、こうして両手で抱えている大井の腰も特に汗ばんではいない。
なのに、舌がしょっぱい味覚を感じている。
疑問を解消すべく、目の前の装填口を、目を瞑って味覚に神経を集中させ、目一杯舌を動かす。
れろれろれろれろ。
「はぁん! ああぁぁ……」
やはり、少ししょっぱい。
舐め始めたばかりなのに、何故既にこんな味がするのだろう。
そもそもこれは汗なのか。
その正体を探るべく、唇で装填口を覆って空気を吸い込んでみる。
じゅるるううっ。
「あうぅっ!」
するとどうだろう。
空気を吸い込んだだけの筈が、水気ある音が脳に響いた。
大井は嬌声の大きさを上げた挙句、私の口には液体が数滴飛び込んできた。
大井は私の髪の毛に指を絡めているが、これは掴んでやめさせようとでもしているつもりなのか。
全く力が加わっていないので、よく分からない。
しかし、分かった事もある。
大井は濡れていた。雨水でもなく、自分の唾液でもない別の液体で。
ここを覆っていた純白のカバーは、本当に雨水で濡れていたのか?
明らかにあれは大地を巡って空から降ってきた水特有の臭いがしていたが、
それでもその前提を覆さんとばかりに、そんな疑問が出るのは仕方あるまい。
顔を上げて大井の横顔に問う。
「……何故濡れているんだー?」
「濡れて、なんか……」
嘘をつくな。人と話す時は顔と目を合わせろ。
再び加虐心は首をもたげる。
右手の中指を適当に舐って唾液でコーティングしたのち、装填口に差し込んでみる。
私の手は別段大きくはないから、中指で丁度いい位だろう?
つぷ。
「ぁ……」
目の前の広大ですべすべな、
自分よりも明るい肌色の弾薬庫に舌を這わせると同時、中指にも指示を送る。
つー……。
くち、くち。
「やっ! ふわぁぁ……」
弾薬庫が小刻みに振動している。
太くない私の中指を実に手応え良く締め付けてくる。
脇から臍周りまで至る場所を舐め回す。
舌の唾液を全て消費してしまったら、口付けに変更してその間に唾液を生み出す。
柔らかい壁に挟まれた中指を小刻みに曲げたり、壁を指の腹で撫でたりするだけで、
更に潤滑油は生み出される。
どうせここには、指よりも直径のある魚雷を装填するのだから構わないだろうと思い、薬指も差し込む。
「あっ、やだ、入って……」
やだ?
嫌ならこの弾力ある壁で外に押し出してみたらいいだろう。
暫くは指を二本入れたままでいたが、一向にその中は押し出そうとしない。
弾薬庫から口を離して、大井の顔を見上げる。
「はぁ、……?」
対してこちらを見下ろす大井の、また涙が少し浮かんでいる目と目が合った。
息を整えようと口呼吸までするその惚けた顔と、
その目が次のようなモールス信号を送っているように見える。
"動かさないんですか?"
こう見えるのは、自分が自意識過剰だからなのだろうか。
しかしそんな事はどうだっていい。
逐一許可を得ずとも、最初から動かすつもりだったのだから。
くちゅくちゅ。
「は、あ、あぁ……!」
前後に動かす。
潤滑油はこの短時間でそれなりに出ているようで、もうこれでも充分な気がしてくる。
左手が空いているので、上部装甲の残骸も取っ払いにかかる。
「んううっ、……あっ!」
大井の右肩とタンクと背中の一部しか覆っていなかった、と言うより、
最早肩に乗っているだけでしかなかったと言えるそれは片手で簡単に取り外せた。
露わになった二つのタンクは、敵艦の弾丸と雨雲の弾丸を浴びても魅力的な外観を全く崩しておらず、
弱っている中でも芯になっている強さのようなものを見つけた気分だ。
そんな魅力の塊を二つも装備する大井を、芯から温めてやりたい。
その一心で、ズボンのファスナーを下ろし、きつく拘束されていた中身を取り出す。
「ま、待ってっ……」
それに気づいた大井は、掌をこちらに見せる。
この場に何だと言うのか。
大井は尚も懸案事項を気にしているかのような顔で、こんな事を懇願する。
「ここに、座って下さい」
よく分からないが、言われた通りベッドに胡座を掻く。
すると大井はのそのそと起き上がり、こちらに跨ってきた。
私の肩が大井の両腕で抱き締められる。
自然と、自分の魚雷が大井の発射管に装填する寸前の状態になったが、先に動いたのは自分の口だった。
「一体どうしたんだ?」
「ふふ、いいじゃないですか。これだとお互い守り合ってるみたいでしょう?」
大井は少しの笑顔を浮かべてそんな事を言う。
本当にどうしたんだ。
そんなキザな考えを催すとは。
そう問うと、すぐにその偽りの笑顔を崩し、無表情になり、顔を逸らす。
「……下になりたい気分じゃないんです。この体勢が嫌いでも、我慢して下さい」
「…………」
"下"。"気分"。
この状況のそもそもの発端を思い出してみる。
オブラートに包まず言ってしまうと、これは大井の慰安が趣旨だ。
大井は言った。
台風の中、潜水艦に機関部を撃たれて沈んだ、と。
潜水艦とは水の中を進む艦船だ。
下が全く見えない中で、しかも上を覆って光を遮ってしまうのは、
大井に何らかの恐怖やら不安を与えてしまうのかもしれない。
せっかくの慰安なのに、自分がそうさせてしまっては本末転倒だ。
大井が言ってくれなかったら、自分は気が付かないまま成り行きで続けたかもしれなかった。
大井に感謝と謝罪の念を込めて、目の前の左頬に口を軽く押し当てる。
「……提督?」
「お前となら、どんな体勢でも好きだからな?」
そう言って、自分は何も遮る物がない大井の腰を掴み、下ろした。
ずずっ……。
「いっ……、ぁああああっ!!」
「うっ……」
大井は天井を見上げて嬌声を上げる。
仰け反る身体が向こうに倒れないよう背中に腕を回して支えてやる。
割と簡単に魚雷は大井の中に装填されたが、中々にきつい。
入れる事を特に言わずに実行した事が、大井には不意打ちだったようだ。
「すまん、痛かったか……」
「う、あ、あぐ……っ、っ」
大井は苦しそうに息を吐き出し、歯を食い縛った状態で首を振った。
そんなに苦しそうに違うと言われても、説得力がないのだが……。
少し潤滑油が足りなかったかもしれない。
思わず後悔の念が出て来て背中を擦り、そのまま動かないようにする。
自分の背中に回された大井の指は立っており、特に長くない爪が食い込む。
しかしこの痛み等気にしている場合ではない。
「いっ、いいの……」
「でも」
「んっ……、いいんです。ほらっ、ぁ、温めて……?」
大井は健気に眉尻と目尻の下がった笑顔を浮かべて誘ってくれる。
七分目まで開かれている目の中の瞳をよく見てみると、自分が若干映りこむ程には潤っていた。
愛らしい。
大井の尻を掴み、歯を食い縛って力を入れ体を持ち上げてやる。
これくらいきついと、速度は遅い方がいい。
一間置き、ゆっくりとした速度で再び落とす。
上げたり落としたりを逐一確認するようなリズムで繰り返す。
ずっ……、ずっ……。
「んっ、いひゃ、ぁ、あぅ……」
大井は、私の腰に足を巻きつける。
息が切れそうな鯉のように口を開けて、酸素を求める。
またあるいは、この圧迫感を紛らわすよう一心不乱に首を振る。
乱れていく大井の髪を、自分は一々片手を空けては整えてやる。
ペースは速めないが崩してもやらない。
全く動くなと言うのも無理な命令だ。
それから暫くは言葉を交わさず、互いの息遣いと嬌声だけが壁を反射して部屋の中で攪拌される。
速度はそのまま一定の状態を保ったので、互いの体力を極端に消耗する事なく、
大井の感じているだろう苦しさを増やす事なく、その発射管を解す事ができていた。
流石に十分程もこうしていると、中の滑りも良くなってくる。
そこだけでなく、服を着たままの自分は少し汗も掻いていた。
「はあ、はあ、んっ、んん……」
「どうだ、っん、まだ寒いか……?」
「い、えっ、温かい、ですっ……、んはっ」
装甲が靴下以外無くなっている大井でさえそれなら結構。
しかしこれだけではいけない。
幾ら滑りが良くなろうが、この体勢で自分が達する程こいつを高速で上下に動かす事等不可能だ。
手を止めて溜息を付く。
「動いてくれ」
「はぁ、え、結局私、ですか」
「お前のペースに任せようと思って」
「……じゃあ、もっと、ゆっくりでしますね」
「え……、あ、あぁ……」
作戦は失敗した。
この回りくどいやり口がいけなかったようだ。
そもそも、この速度で速かったのか。
こちらとしてはこれ以上の速度が必要だったのだが、あくまでも目的は大井の慰安だ。
言葉には責任を持てと教育されてきた以上、今更撤回する等自分勝手な選択は許されない。
自分の失敗を甘んじて受け入れ、生殺しの時間に覚悟を決めたが、大井はそもそも動こうとしない。
「……んふふっ」
無表情の大井と見つめ合い、よく分からない一間を置いてから、大井は急に愉快そうに笑みを漏らす。
背中に回されている抱擁の腕に、力が入れられ、タンクが私の胸に押し当てられる。
顔がずいと近付く。
私の考えている事を、目を通して覗き込むように。
「どうした?」
「速くしてほしいなら、そう言ったらどうなんです?」
「っ、いや、私は別に……」
「じゃあこうします」
魚雷が、発射管に締め付けられる。
火照った顔も駆使して、私を誘うように。
「提督が良くなってくれないと、私も良くなれませんから」
こいつは、無理をしているのか、本当にこう思っているのか。
どちらなのだろうな。
大井を真似して私も大井の目を覗こうとする前に、大井は縦方向に揺れ始めた。
お陰で、大井の目を凝視する事が出来なくなってしまった。
ベッドに両足を突いており、私の両脇のシーツがそれによって沈む。
大井は、魚雷が抜けそうになるぎりぎりまで最大限動き、速度もまた先程の倍を出力していた。
「ぁ、あっ、あう! きゃう!」
大井の前髪と後ろ髪も、それに伴い跳ねる。
私の胸に押し当てられたタンクも、動きたそうにずるずる動く。
このタンクの柔らかさを身体で堪能しつつ、空いた右手を大井の後ろ髪に通す。
まだほんの少し湿り気が残る長髪を撫で、頭を撫でる。
「ぁ……っ」
頭ごと身体をこちらの肩に完全に預けてきた。
大井は私の首に抱き付き、艦体を大きく揺らす。
大切なものを、こうして両腕を使って包んでいると、精神的にも上り詰めてくる。
私の真横で、大井はなるべく楽なようにか、喉をあまり使わずに吐息に言葉を乗せる。
「どっ、どう? 良い? っ、あ、良く、なってっ、ほし……っ」
すぐにでも出てしまいそうだ。
全ての感想をその一言に集約して、目の前の耳に向かってそう呟く。
すると、心なしか自分を包むそれがじゅんっ、と、よりをかけて熱く潤った気がした。
「もう、ん、出ちゃう、っ、ですか……、仕方ない、ですね」
「受け止めます、全部……ぁむ」
大井はとどめと言わんばかりに、私の耳たぶやその周りをまとめて口に含んだ。
先程の仕返しとでも言うように、全く想像していなかった死角からの攻撃に抗う事も出来ず、
肩やら背筋やらを痙攣させながら反射的に大井の腰を掴み落とす。
びゅっ! びゅるるっ! びゅくっ、びゅくっ!!
「っあ! ん! んん……~~っ!!」
魚雷の最初の爆発で耳から温もりが離れた。
その直後、大井は私にしがみ付いて口を閉じたまま達したようだった。
愚直なまでに射精を受け入れてくれる。
「出てる……いっぱい……」
何回かに渡って爆発は繰り返され、その都度身体を震わす。
中では潤滑油と精が混ざり合ったもので染まり、自分のもそれを浴びているらしい。
いかんな。それが零れてきてはベッドのシーツがみっともなく汚れてしまう。
そうだ。このまま抜かなければ零れない。
自分がこうしたのだから、責任を取ってどうにかするのも自分だ。
実際、シーツは既に汗と愛液で汚れているのだが、自分は知らないふりをしてそう言い聞かせた。
「……提督。なんで縮まないんですか?」
私はまだ、大井を温めていたいようなんだ。
付き合ってくれるか。
「もう……ふふっ」
……………………
…………
……
それから、体勢を全く変えずに二回目に突入、
動くのに疲れたと言うので、ベッドで四つん這いになってもらい後ろからの体勢に変更、
要するところ三回まで突き詰めた。
そうして今、自分らは互いにベッドに体を預けている。
尚、横で寝る大井は装填口のカバーを再度取り付け、
また理性も少し戻ったと言うので、自分の替えのワイシャツを着せている。
事後、一糸纏わぬ大井に私の服を、と言うのもこれはこれで……いやいや。
「……服、取りに行かないと」
大井はそう言って不意に起き上がる。
替えの服を持たずに風呂屋へ行ったような物だ。こうなって当然である。
この格好で執務室を出るところを見られるのは拙いと言うので、私のズボンも貸してやる。
ウェスト、丈、等何一つ大井に合っていないが、そんな事も言ってられず、
人目を気にしながら不恰好な状態で執務室を出て行った。
五分程待機していると、大井は普段の装甲を纏い、貸した服を手に持って戻ってきた。
しかし、それを返してもらうと、その下に明らかに大井の装甲と全く同じ物が姿を見せる。
大井はそれを広げてハンガーを通し、あろうことかこの寝室の壁におもむろにかけた。
そして振り向き、普段とは微妙に違う得意気な笑みを浮かべてこう言う。
「こうすれば、今日みたいな事があっても平気でしょう?」
艶艶した顔で、恥ずかしくないのかと問いたくなるような発言には、内心では少し茫然としていた。
すっかり慣れてきたものだな。
元々大井は初心と言う言葉とは縁が遠そうだとは思っていたが。
しかし自分は嫌な顔をする事はなく、寧ろ面白いような嬉しいような気持ちを素直に顔に浮かべて肯定した。
気づけば時針は夕飯時を指していたので、大井を食堂に誘う。
快諾してくれたので、自分は何食わぬ顔をし、
大井は普段の微笑に隠しきれない少しの色っぽさを上乗せして、共に向かう。
歩いているとやがて賑やかな音が近づいて来た。
暖簾をくぐると多くの艦娘は私に気付き、口々に挨拶を飛ばす。
それはいい。
だが、少し後ろを歩く大井が食堂に足を踏み入れると、
賑やかだった艦同士の談笑が、近い方から連鎖的に止まっていった。
こいつの雰囲気が普段と違うのは私が一番分かっている。
雰囲気を変えさせたのが何を隠そう私だからだ。
大井は自身の下腹部辺りで両手を組んでお淑やかに歩く。
しかし普段のこいつは、手を組んで歩いたりはしない。
その特徴的になった歩き方も、雰囲気の変化に大きく貢献しているのだろう。
多分今日だけだと思うが。
ビシビシ刺さる疑惑の視線を無視して、カウンターの間宮を訪ねる。
「提督さん、こんばんは。……?」
間宮もまた大井の異変にはすぐ気付いたらしく、不審気にそちらを見やる。
しかしすぐに何かを察したように手で口元を隠し、普段より増した笑顔でこちらに問う。
「あらあら。……また例の品でも、お作りしましょうか?」
人目の多い場所では、精進料理は取りづらい。
間宮もからかっているつもりだと予想、
今回も断ろうとしたが、それよりも先に口を開いたのは大井だ。
「いえ。今日は少なめで、お願いします」
そのゆったりとした声色から普段の凛々しさは失せており、代わりに鎮座しているのは色気。
その声色を聞いた間宮は、はっと驚く。
その後に続いた大井の科白は、とても際どいものだった。
「もう、今、結構お腹いっぱいなんです」
おまけに自身の弾薬庫を愛おしそうに、意味ありげにうっとりと撫でるので、
間宮が疑いを含んだ目で私を凝視するのも恐らく無理はない。
即座に目を逸らして口を閉ざすことに集中した自分は結局、大井共々"例の品"を頂く運びとなった。
……………………
…………
……
夕飯を片付け終えた後、逃げるように食堂を立ち去った。
執務室に戻って二人きりになった時、勇気を出して抱き付いてみたが、止められてしまう。
"執務が終わっていないから"、という事だった。
確かにその指摘正しく、自分はすっかり忘れていた。提督を補助する秘書艦の鑑と言えよう。
それからは、その秘書艦に散々送った熱が覚めてしまわないうちにと、秘書共々早々と片付けた。
焦りのあまり自分のする執務内容がおざなりな物になっては秘書が止め、と言う具合だったのが、
情けなくて思い出したくない。
過ぎ去った過去に思いを馳せるという、とても無駄な熟考は頭から切り離し、目の前の光景に集中する。
「うぅ、んくっ、は、や、あぁ!」
すぐに指を動かす速度を加速させていったので、
ベッドに身体を預けている筈の大井は足に力でも入っているのか、腰が持ち上がる。
高い嬌声が耳に付く。
しかし逃がさない。
身体が"温まる"だけでは駄目だ。身体が"火照る"までやってやらないと。
ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅ!
「あぁ、ああ! も、もぉ、やだぁ……!」
駄目だ。
大井の蕩けた顔、敏感に反応する身体、熱い吐息を含んだ嬌声。
これらが組み合わさって、自分の理性を再び崩しに来る。
一旦組み直した理性の壁はベルリンのそれの如く大きな力によって突破され、自分は大井と向かい合った。
大井が驚愕に顔を染めるのも無理はない。
つい数時間前までしたと言うのに飽き足らず、自分の魚雷はまだ疲弊する事を知らないようだったからだ。
そうして再び、熱源である自分の魚雷を使って、大井を火照らせにかかる。
……………………
…………
……
あれから、自分らだけの夜戦を重ねに重ねた。
どちらかの肉体に疲弊が来たら、やんわりとした演習で時間を稼ぎ、回復しきったらまた夜戦だ。
今日だけで多くの経験値を互いに貪り合ったと言えよう。
そして流石に疲弊だけでなく睡魔にも襲われ始めた頃、
どんな状態であれ秘書艦の責務を果たすらしい大井は、意識朦朧としながら時刻を告げる。
「は……んくっ、はあ……っ、マルフタマルマル……明日に響くじゃないですかぁ……」
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最終更新:2021年01月03日 17:19