提督×金剛1-587

587 :名無しさん@ピンキー:2013/09/26(木) 18:27:55.03 ID:XK9d+TFF
【艦これ】艦隊これくしょん/リアル劇場【IL-2】に感動して作りました。
見逃してください。

 

 深夜の海、空は薄雲に覆われて星ひとつ見えない。
僅かに満月が輪郭を描いているが、海を照らすまでには至らない。
大小の島に挟まれた狭い海峡には、昼間のように飛ぶ鳥も跳ねる魚もおらず、ただ水飛沫の音だけが響き渡っていた。

いや、波の音に紛れて若い少女の声も――


「長年遠征隊で頑張って来た甲斐があったよね。睦月、感激!」
「うう~、しかも憧れの金剛先輩の護衛なんて光栄ですぅ。えへへっ」
「睦月! 文月っ! 静かにしなさいっ!」
「は、はい。すみません、榛名先輩っ」
「まったく、榛名は見かけによらず厳しいですネ~」
「私は艦娘として普通です。金剛お姉さまが甘すぎるんですっ」
「はいはい。みなさ~ん、静かに前進続けマショー」
「了解っ!」

暗闇に紛れて、大小の鋼鉄のボディが静かに波を掻き分けながら進んでいた。
旗艦金剛型戦艦1番艦 金剛率いる6隻の艦隊だった。


***************

二三三〇
南方海域 東端諸島
鉄底海峡ヘ突入成功

***************


海峡を南下する艦隊は漆黒の海に長く伸びて、陽炎型駆逐艦2隻が前衛、睦月型駆逐艦2隻は後衛を固めながら、中央に金剛とその後ろに3番目の妹艦榛名が続く単縦陣を敷いていた。

『お姉さま…相変わらず凛々しい後ろ姿です…』
月明かりでもあれば、金剛の鐡の肢体は艶やかに輝きワルキューレの如き美しさを放つのだろうがあいにく曇天である。
だが、榛名の瞳には確かにキラキラと輝く姉の姿が映っている。
先程はキツイ言葉を向けたものの、榛名にとって英国工廠で生まれの金剛は自慢の姉なのだ。
戦艦としてその性能は新鋭の長門型や大和型の性能には比べるべくもないが、高速性能を活かした戦法を駆使して各海域で目覚ましい戦果をあげていた。

少し頬を赤らめながら進撃する榛名の耳にボソボソと呟く声が聞こえてくる。
「全く……提督は私の事を…ぶつぶつ……ぶつぶつ……」
―― お姉さまったら…また、あの男の事を… 榛名なんだか悔しいです。

……
それは今から少し前の事、南方海域に出現が確認された深海棲艦機動部隊を殲滅すべく第一機動艦隊、主力である第一艦隊と更に加えて第二機動部隊からなる聯合艦隊の進軍途上の事だった。
金剛と榛名は旗艦長門乗艦の提督に呼び出されていた。

「え~、別働隊ですカ!」
命令は主力艦隊から別れて、海峡に潜んでいると思われる敵艦隊を要撃することだった。
「その別動部隊とやらは本当にいるんですカ~?」
あからさまに疑いのトーンで偵察妖精の報告に疑問を入れた。
それは単に艦隊から離れたくないだけのものである。

「空母ヲ級を含む護衛艦隊が水偵から確認されているんだ。放っておくと決戦中に支援攻撃を受けるかもしれない。金剛には重要な役目を頼んでいるつもりなんだが」
「うう~、ですが戦力を分散させる作戦なんて提督の発案ではありませんネ。どうせあの禿の長官が……」
と、そこまで言った時に榛名が彼女の口を塞いだ。
艦隊の総責任者が扉一つ隔てた長官室にいるのである。

「…拗ねないでくれよ金剛。長官も今、苦しい立場なんだ」

榛名は提督の地位にあるこの痩せた青年将校が申し訳ない顔で姉に媚びる姿を少々冷たい視線で見ていた。
見た目からはとても大艦隊を率いるような豪胆さは感じられず、体力勝負なら勝てる気がする程だ。
しかし、これまでの数多の海戦で見せた的確な指揮は榛名も認めざるを得なかった。
もっとも、榛名が提督を気に入らない理由は他にあるのだが―― 
金剛は榛名に口を押さえられたまま、ふう、と吐息を履き諦めた表情で頷いた。

「仕方ありません、お姉さま。この任務を早く終わらせてみんなでティータイムいたしましょう」
榛名が金剛からゆっくりと離れると、彼女に提督が感謝の目くばせを送ってきたのだが、ガンとして無視をした。
「はいはい、ちゃーんと行ってきますヨ。だから提督、帰ったら紅茶を淹れてくださいネ」
それまでの不満など遥か水平線の彼方に消え失せたような、満面の笑顔の金剛。
提督の緩んだ表情から、榛名は彼女の背中越しにそれを感じ取り薄っすらとジェラシーのオーラを昇らせるのだった。
「はは、約束するよ――」
そんなことには全く気付く素振りも無く、提督の軽い声がさらに榛名を刺激する。
「榛名はお姉様の淹れてくれた紅茶しか飲みません」
「まったく……変なところで榛名はいつまでたってもお子様ですネ」
クルッ振り向いた姉の笑顔に榛名は少し恥ずかしげに俯いて、やにわに姉の手を掴む。
「行きましょう、お姉さま」
金剛の手をひっぱりながらその場を立ち去っていった。
「いたた…榛名ったら乱暴デース」

斜めに引き摺られたので、金剛は提督の顔がはっきり見えないまま部屋を出た。
たぶん、青年将校は敬礼か何かをしてくれていたのだろうと思う。
そして……
なぜだろうか?
こう思わずにはいられなかった。


―― …約束ですからネ、提督 ――


いつもの日常。
戦争という非常時にありながら、家族団欒のような1コマ。

辛いことがあってもまた新しい朝が来る。
太陽と共に提督におはようを言って一日が始まる。

この任務が終わったら、思い切り提督に甘えようと金剛は思った。

*********************************

夜間艦砲射撃作戦
予定通リ敢行

聯合艦隊命令第○号別紙

高速戦艦 乃至 重巡洋艦ヲ主力トスル快足ノ艦隊を以ッテ
挺身隊ヲ編成、主力艦隊ト別動シテ奇襲的作戦ヲ実施シ、
敵予備戦力ノ破砕ヲ策ス。


本作戦ノ攻撃目的ハ左の
通リ定ム

一、湾内ニ退避中ノ深海棲艦(”空母ヲ級”ヲ認ム)及ビ護衛艦隊
二、島近海ヲ哨戒中ノ”駆逐イ~ハ級”深海棲艦隊

**********************************

左右に黒い島影を見ながら艦隊は海峡を進んでいった。
「前衛の駆逐艦! 隊列が乱れてるわ。もう敵地なのよ、集中しなさい」
金剛の背中越しに榛名が注意する。
「オー、艦隊指揮は榛名に任せた方が楽かもしれませんネ」
「お姉さま! お姉さまが甘い顔をするから駆逐艦の士気が緩むのです。……お姉さまは…私だけ…」
「え? なんですか? 最後の方聞こえませんでしたネ」
「な、なんでもありません。それよりも、まもなく作戦海域に入ります。水偵さん2機、発艦して下さい」
零式水上偵察機が榛名のカタパルトから飛び出していく。
カタパルトから立ち込める火薬の匂い、榛名はあまり好きではなかった。
敵に接近する任務の水偵は帰還率が低い。
勝利の為に死地へ赴く偵察妖精たちへの葬送の煙のように思えるからだ。
「榛名、これは戦争なんデス。感傷に浸っているばかりではいけませんヨ」
「……」
「でも、金剛はそんな貴女を誇りに思ってマース。さあ、みなさん、第二戦闘配置、よろしいですネ」
「了解っ!」
真っ暗な海上に、軋む鉄の音と歯車の回る音が響き渡った。
それからほどなく、水偵の1機から電信が届いた。

― 敵艦見ゆ! 3時の方向、艦影5、空母1、小型艦4。

にわかに慌ただしくなる艦隊。
第一戦闘配置、最大戦速で目標へと進路を変えた。
ほどなく、暗闇ではあるが敵艦影を視認した。
夜戦は彼女たちの得意とするところである。
「榛名! 行くですヨ!」
「はいっ、お姉さま」

金剛型の装備する36cm主砲。
今では見劣りする口径であるが高速移動しながらも高い命中率を誇る彼女たちの練度はそれを補って余りある。
「全砲門撃て!」
「主砲、砲撃開始!」
凛々しく響き渡る姉妹の双鳴。
炎と黒煙が海を揺るがす。
点在する敵艦隊の中で水柱が次々と伸びていく。

― だんちゃーく! 近、遠! 初射夾叉!
観測妖精が金剛の耳元で正確な照準を囁く。
「Goooodjob!! 第二斉射用意!」
主砲塔が修正される。
「全砲門撃てっ!」
第一、第二主砲の斉射。
予期せぬ砲撃だったのか、敵の動きは鈍い。
今度は水柱に混じって火柱が立ち昇る。
観測妖精の甲高い声が沸き起こる。
― 駆逐イ級炎上1かくにーん!
そして、観測妖精ら新たな連絡が届いた。
― あー、あの空母、ヲ級じゃなく軽母ヌ級ですね。

「What!? 偵察隊なにやってんのヨー!」
予定の海域には間違いなかった。
やっぱり大型空母含む艦隊は誤認されたものだったのかと金剛は憤る。
しかし、戦端は切って落とされているのだ。
「砲雷撃戦始めるよ!」睦月型駆逐艦1番艦 睦月。
「攻撃開始!」睦月型駆逐艦7番艦 文月。
61cm酸素魚雷が薄い航跡を残して突き進む。

― 軽母ヌ級ほか数隻、湾外へ脱出を試みるようです!
「逃がしちゃ駄目ネ! 撃て!」
戦艦の主砲が三度火を噴き、同時に魚雷も立て続けに命中していく。
― 2艦同時に直撃! 軽母ヌ級に火災発生! 行き足止まりました!
「Wow!! Good shoot! 続けて撃て!
金剛の号令一過、榛名の主砲が敵艦隊にトドメを刺した。

久しぶりの完全勝利だった。

**********

〇〇五〇
砲撃停止
進路北へ

全艦
帰還ノ途ニツク

**********

「ンー! 久しぶりに気持ちいい戦闘だったネ!」
上機嫌の金剛がまだ暗い海を快走する。
旗艦として味方に被害なかったことが嬉しくてしょうがない。
「私の攻撃も珍しく命中したよ~」
後ろに続く睦月もテンションが高い。
「いつもこんなone-sideな戦闘ならいいわネー」
金剛の声が明るい理由は、また提督におはようを言えるから。
それがわかっているので、榛名は自分が意地悪なのだと認めつつも、ついつい言葉が止まらない。
「お姉さま! こういう帰路こそ警戒すべきです! もうすぐ夜明けですし、油断できません」
「榛名は心配性ネー! でも、確かに用心は必要ね。各艦、哨戒を密に! 陽炎さん達、前衛よろしくネ!」
「艦隊をお守りします!」
陽炎型駆逐艦8番艦 雪風が元気に返事した。
榛名は先程戻って来た水偵のうち1機を再び空に飛ばすのだった。

すべては順調だった。
だが、金剛の心中には得体の知れない靄が掛かっていた。
軽母ヌ級の艦隊が誤認であれば問題ないが、もし偵察妖精たちの報告が正しいものであれば、別に敵の大型機動部隊が存在するということである。

―― ううん、大丈夫に決まってマース ――

大和もいる赤城も加賀もいる。なにより旗艦長門がいる。
提督の士気の下、彼女たちが負けるはずがない。

―― 提督、金剛たちは先に母校に帰還するネ。紅茶は金剛が淹れてあげますから、だから…早く帰ってきてネ ――


漆黒の闇がさらに濃くなってき、危険が彼女たちに忍び寄っていた。

海峡を北上していく金剛達の姿は丸い潜望鏡のレンズに捕えられていたのだ。
深海棲艦潜水艦が密かに忍び寄っていることに彼女たちは気付かない。
決して油断していたのではない。
薄雲だった空はにわかに厚い黒雲に覆われ、激しい雨と雷が艦隊を包み込んでいた。
視界がままならない中、せっかく無傷の艦隊が衝突で傷つくなど有り得ない。
6隻の艦娘は嵐の行進に神経を集中させていたのである。  

南方のスコールは雲は厚いが範囲は狭い。
飛び立った水偵は雷雲を抜けると、滴を振り払うように軽やかに翼を振った。
偵察妖精は先の勝利で気分よく飛んだ。
なにより自分たちの帰還を迎えてくれた榛名の笑顔が嬉しくてしょうがなかった。
あの笑顔の為に頑張るのだ。
とんぼ返りしながら海上に目をやったそのとき、波間に赤い光が灯り、零式水上機の翼が折れた。
きりもみしながら機体は落ちていく。
何が起きたのか?
近づいてくるのは海面と、巨大な鉄の影だった。
それも1隻2隻ではない。
偵察妖精が最後の力で榛名に電信を打とうとした瞬間、深海棲戦闘機の爆音がすぐ近くで聞こえた……

暗闇の中、波間に漂う破片を踏み潰しながら巨大な艦影が何隻も姿を現した。
不気味な艦隊は金剛達のいるスコールへと南下していくのだった。

**********

〇三〇〇
黎明前
南方海域途上

低気圧接近

**********

「Hmmm…今度はひどいスコールですネー。ま、敵に見つかりにくいから±0、ですけどネ」
「それよりもお姉さま、少し前に飛ばした水偵が戻ってこないのが気になります」
「こんな嵐じゃ着水も出来ないから退避中じゃない?」
「…だといいんだけど…」
激しいスコールは敵の目を眩ませてくれる代わりにこちらの視界も塞いでしまう。
明かりをつけるわけにもいかないので、艦娘の意識は依然として前方に集中していた

激しい雨
黒い海面に無数の輪を作る。
その輪が左右に割れた。
白い航跡が、金剛の左舷に向けて真っ直ぐに伸びていく。

**********

〇三〇六

**********

「あああ…っ!」
金剛の左舷後部に激しい爆発と水柱があがる。

― 左舷後部被雷! 機関室隔壁破損!!
「お姉さま!?」
「私は大丈夫ネ! それよりも全艦、対潜警戒最大!」
「全艦! 左舷八十度方向警戒! 水雷戦隊、爆雷戦用意!」
「了解っ!」
榛名の号令に陽炎型駆逐艦1番艦 陽炎が素早く応えて爆雷を投下した。
だが、手応えはない。

続いて進み出た雪風が爆雷を投下しようとした時、電探妖精から悲鳴が起きた。
―― 左舷10度方向 距離2万メートルに艦影多数!
「はあ!? 電探何をやっていたの!
「連中、島影を背に密集してたみたいネ… 哨戒中の駆逐艦隊にしては用意が良すぎる!
憤る榛名を制し、金剛は冷静に現状を確認し始める。
榛名は艦隊防衛を自認ながら、みすみす姉を傷つけてしまったことに唇を噛む。

「くっ! 水偵を飛ばせていたら…あっ…」
そう、水偵は既に飛ばして戻らない。
それすらも忘れるほどに混乱していた。
「Ambush! 面舵! 前進一杯! 左砲戦 打ち方はじめ!
金剛は混乱し始めた艦隊に檄を飛ばす。
だが、体制を立て直しつつある彼女たちに追い討ちが掛かる。

― 電探に感あり! 方位10度、距離20浬に大型艦影多数! 少なくとも空母ないし戦艦級5、重巡級1! 敵の機動部隊です!
「さ、三方から囲まれているの!?」
「Shit! 誘い込まれたのは私達の方だったネ!」
更に伝達。
― 前方敵中央、戦姫級の超大型戦艦を確認!
― 後方両翼に空母ヲ級確認!
狭い海峡で金剛達は敵艦隊に囲まれてしまっていた。

**************************

敵包囲網を突破せよ!

勝利条件:少なくとも戦艦1隻を生還させること

〇三三〇
通称E4水道ニテ
敵機動部隊ト遭遇

敵に邀撃ノ備エ有リト認ム

**************************

― 敵前衛 戦艦ル級2隻前進してきます! 空母群は位置そのまま!
「取舵10度保て! 相手が戦艦なら振り切れる…! その為の高速艦編成ネ!」
スコールが幸いし、敵も迂闊には艦載機を飛ばしては来ないようだった。
当然戦艦の射程外に進んで来ることもない。
間合いを詰めてくる敵戦艦隊に、金剛は応戦せずに戦線離脱することを決めた。
後衛の睦月が悲鳴をあげる。
「こちら左列後 重巡リ級の射程に入りました~! こっちくんなー!」
艦隊の何本もの水柱があがる。
照準のつかない砲撃は直撃こそないものの、何発かは防御の薄い駆逐艦を痛めつけていく。

―― 文月被弾、中破っ! 陽炎小破ですっ!
「お姉さま! 駆逐艦たちは前に出しましょう! 殿艦は榛名が努めます! お姉さまは前に!」
「No! あなたが前衛を続けて! これはOrderデス!」
「…お姉さま」
それは姉妹たちの決め事だった。
金剛がOrderを発した時は、何があっても従う事。
榛名は敵に向けて砲撃を続けながら巨体を押し進め、4隻の駆逐艦を引き攣れながら北上していった。
そして、その時は金剛も確かに艦隊について行っていた。

**********

〇四四五
金剛ノ速力低下
敵砲火集中ス

**********

「お姉さま早く! もうル級の射程内ですよ!?」
狭い海峡である。
敵艦隊を避けて進むにはどうしても戦艦の射程圏内を突破しなければならない。
重巡とは比較にならない水柱が艦隊の周囲に上がる。

「きゃーっ!」
「不沈艦の名はっ、伊達じゃないのですっ!!」
悲鳴をあげて逃げ回る駆逐艦。
援護の砲撃を続けながら先頭を行く榛名の耳に、さらなる悲壮な声が届いた。
「榛名さんっ! 金剛さんが…金剛さんが見えませんっ!」
「お姉さまっ?」
振り返ってもスコールと暗闇ではっきりとは見えない。
そして、榛名に姉の声ではなく、電信が届いた。
『――Sorry…これ以上はもう無理みたい…』
『…まさか…お姉さま、さっきの…』
初撃の魚雷は金剛の機関室を少しずつ進水させて、艦の傾斜は5度を越えようとしていた。
『…ははは、ドジしちゃったネ』
姉からの電信は少しずつ小さくなっていった。

***************

〇四五〇
金剛 被雷時ノ損傷ニヨリ
戦速維持困難


艦列ヨリ落伍ス

***************

『榛名、みんなによろしくネ… 必ず全員を無事に帰還させなさい…OK?』

『はい。お任せ下さい、お姉さま』
榛名は精一杯はきはきと答えたつもりだった。
泣いているのを知られたくなかった。
なにより、泣いてしまえばもう二度と姉と会えないような気がしたのだ。

『うん。あなたの姉であれて、私は幸せでした』
金剛は見えなくなった妹の方を見ていた。
もし比叡だったら、絶対に言うことを聞かずに困らせてしまっただろう。
霧島なら思いもよらない手段を見つけたのだろうか?
前髪が濡れて顔に掛かりながらも砲撃を続ける金剛の口元にうっすらと笑みが浮かんだ。

**********

榛名以下6隻
戦線ヲ離脱ス

**********

『ごめんなさいお姉さま…ごめんなさい…!』
そう言いながら榛名たちは海域を離脱していった。

「面舵いっぱーい!! さあ、派手にやるネ!」
敵艦隊も彼女たちを追うべく反転しているに違いない。
「そうはいきませんネ。深海棲艦たちよ、強敵はここに有りデース」
金剛の主砲は止まることなく砲撃を続けていった。

***************

金剛 敵艦隊右翼ヘ突入

***************

正確な射撃は見事に敵艦を捕え、2隻のル級戦艦を戦闘不能に追い込んだ。
だが、金剛も敵主砲弾をその身に何発も受けてしまった。

戦闘が始まってから数時間。
奮戦を続ける彼女の傾斜は甲板の端が海面に浸かる程にまでなっていた。
「はあっ、はあっ… もうちょっとネ…あと少しだけ…!せめて…あいつだけは…」
これまで味方の艦隊を苦しめてきた強敵、姿こそ見えないがその雰囲気はひしひしと感じ取っていた。
榛名たちに向かわせるわけにはいかない。

深海棲艦戦姫。

スペックでは相手にはならない。
だが……今は譲れない。
「み、見つけた…!」
霞む彼女の瞳が北上する巨体を視認した。
間違いなく、最強の相手である。
「前進一杯…! 目標! 前方超弩級戦艦!」
―― 駄目です。これ以上主砲を打てば艦体が持ちません。
―― 浸水が止まらくなってしまいます。
まだ健在の電探妖精が彼女の決意を引き留める。
「主砲、照準OK?」
金剛はきっぱりと言い放った。
敵の目論見は、こちらの戦力を削ってから主力艦隊を叩こうというのであろう。
まんまと戦艦2隻を含む6隻の戦力が分断されてしまった。
このまま榛名達が逃れたとしても、今度は味方の聯合艦隊が背後から奇襲を受けることになる。
敵はまだ空母も戦艦も健在なのだ。

ならば……

「繰り返シマース。目標! 前方超弩級戦艦! 撃ち方…」
最後の想い乗せた砲撃は放たれることなく、金剛の巨体が更に揺れた。
「ッ!?」
凄まじい水飛沫、そして甲板に爆発が起きる。
「ああ…ああぁぁぁ… うああああああ…ああぁぁぁ… あああああ!!!!」
気丈に振る舞い続けた彼女が、ついに悲鳴をあげてしまった。
「な、なに…が…?」
聞こえるのは絶望のファンファーレ。
深海棲艦載機の耳障りな爆音が鳴り響く。
いつの間にか上空に敵機が飛来していた。
「ああ…敵の艦載機、ネ… そっか… もう、嵐は終わっていたのネ…」

金剛らしくない失態だった。
超弩級戦艦を視認した時、もう空は晴れようとしていたのだ。
朝日が傷ついた金剛の身体を照らし始める。
と、金剛に向かってくる敵機は一部で、大多数は上空を通過しようとしているのが見えた。
向かっている先は、榛名達がいる北の方角である。 
「させませんっ! 敵サンたち、私を見逃すと痛い目に遭いますヨ!」
耳を劈く砲撃音。
金剛渾身の一斉射撃である。
生き残った第二主砲と副砲が弾の尽きるまでとばかりに火を噴いた。
そして見てしまった。
砲弾は確かに敵超弩級戦艦に命中したのだが、虚しく跳ね返されて海に落ちてしまうのを。

―― 浸水止まりません。間もなく傾斜は砲撃限界に達します!

絶望が金剛を覆って行く。
が、小さな希望もあった。

敵艦載機は進路を変え、彼女に向かって殺到してきたのだ。

役目は――――果たせた。

『もうちょっと…だったけど… みんな、ちゃんと逃げられましたカ…?』
最後の砲撃が終わった。
傾斜は激しくなり、もう砲弾が送れない。
無数の艦載機が青空に見える。
『ふふ、凄い数… でも、よかった。こっちにきてくれて……』
金剛は静かに目を閉じた。
『…みんな、どうか無事で――』
妹たち、仲間たちの顔が浮かぶ。
共に辛くも楽しかった日々を過ごした記憶。
金剛の艦体のあちこちで爆発が起きる。
爆撃だけではなく、艦内の燃料にも火が移ろうとしていた。
もう、長くは浮いていられないだろう。


それから――

金剛は最後に言うべき言葉があった。



「提督…

どうか武運長久を――

私――

ヴァルハラから見ているネ…」


彼女にトドメを刺すべく、転身した艦載機本体がが一斉に攻撃態勢に入った。

金剛轟沈。

次に爆音が響いた時、金剛はその身を深い海の中に沈める――――はずだった。



ドン
ドドン

確かに爆音は響いた。
だが、それは金剛の遥か上空。
敵機が編隊を乱している。
金剛に爆弾は投下されなかった。
北からの砲撃。
榛名のものではない。


長門型戦艦1番艦 長門


「全主砲、斉射。…てーいっ」
何度も聞いた頼もしく力強く、そして少し嫉妬してしまう声。
まだ遥か数十キロの向こうから、聞こえるはずの無い声が届いた。
長距離射程の三式弾が敵編隊のど真ん中に命中する。
「三式弾炸裂を確認。制空隊突撃開始せよ」
長門の41cm砲がまるで雷のような轟音を響かせる。
来るはずの無い方向から、聯合艦隊が現れた。
濛々と立ち昇る黒煙は彼女たちが全速で突き進んできた証である。
「第一次攻撃隊、発艦して下さい」
旗艦の号令の下、赤城の飛行甲板から、烈風11型を筆頭に戦闘機隊が飛び立った。

加賀からも紫電改二を中心に編成された制空隊が発艦していく。
「乱戦になるわ、撃ち負けないで」
彼女の言葉通り、凄まじい空戦が展開されていった。
翼から火を噴いて堕ちていく零戦五二型。
最新鋭の烈風もきりもみしながら海上に落ちていく。

〇五四五

激戦の末、制空権を得たのは聯合艦隊だった。
「第二次攻撃隊、発艦」
彗星、天山が敵艦隊に猛攻を浴びせた。
敵艦隊の被害は甚大で、空母や戦艦は次々と沈んでいった。
闘いは優勢に進んだ。
だが、そんな中聯合艦隊艦載機に大被害を与えていく深海棲艦があった。
超弩級戦艦 深海棲艦戦姫である。
その砲撃は艦載機を蹴散らし、第三次攻撃隊を準備していた赤城の飛行甲板にも穴を開けた。
「またか!」
旗艦長門も味方の被害に歯軋りするばかり。
突撃して砲撃を加えたいのであるが、残念ながら射程距離を5キロ程超えていた。
「提督、早く私に突撃を命じてくれ」
あせる長門とは裏腹に、あろうことか戦姫に退路を与える命令が下った。
「みすみす逃すのか! 何を考えている」
憤りを隠さない長門に、若い将校は落ち着いた声で言った。
「これで、ピッタリ彼女の間合いだよ」


大和型戦艦1番艦 大和


「戦艦大和、推して参ります」
世界最大の46cm主砲の一斉射撃が長い戦闘に終止符を打った。


朝焼けの中、艦隊は母港へと帰還の途についていた。

金剛は2隻の駆逐艦に曳航されながらついて行く。
低速の彼女たちの護衛には榛名と雪風が就いていた。
金剛の周りを救助された偵察妖精が歓喜の宙返りを披露して、逆に榛名にお小言をうけてしまった。

「まったく、とんだ遠征になったな」
速度を落として金剛に近付いてきた長門がため息交じりに言う。
美味しいところを大和に持っていかれたので、目に不満の色が着いている。
「そう腐らないでくれ。次は存分に暴れられるよ」
「次? …あると思っているのか提督」
「ははは、それもそうだ」

「な、何があったのです?」
消火作業をおえ、浸水も止まった金剛は不思議そうに尋ねた。
「長官命令の無視と独断での艦体反転だ」
長門の凛とした返事。
なんだかバツの悪そうな声で若い将校は言い訳をした。
「いやその…羅針盤がうまく回らなくてね」
「だからそういう道具じゃないと言っているだろう」
突っ込む長門に大和が涼やかな声で助けを出した。
「でも、あの時の提督、凄く格好良かったですよ」
「はあ、これで失敗していたら謎のターンとして、戦史に名を残しただろうな」
そう言い残して、長門は金剛から離れて本体へ戻っていく。

「提督、私との約束覚えてますか?」
精一杯甘えるような金剛の声に、彼は少し上ずりながら返事した。
「うん―― が、まずは入渠を済ませてからだ」
「はーい」

天気快晴。
凪いだ海。

艦娘たち、事もなし。


「ふう~、やっぱりお風呂はいいもんですネ~」
金剛は入渠して、疲れた身体をお湯で流しながらしみじみと言った。
彼女たちの母港に設置されたまるで温泉のような巨大なお風呂、艦娘たちの憩いの場所である。
「でしょう。この気持ちのよさは癖になりますから。でも、お風呂に入る度に提督のお財布が泣いちゃうんですけどね」
湯船に浸かる赤城もこれ以上ない程の至福を込めて返事をする。
「アハハ、それはしょうがないでーすネ」
「じゃ、金剛さんお先です」
そう言い残して湯気の向こうに赤城は消えた。
中破や小破していた艦娘たちも先に上がり、風呂には金剛だけがのこっていた。
「まさか赤城さんよりも長風呂になるとはネ~」
身体を洗いながら湯船に背を向けている金剛の背中に、すうっと空気が動くのが感じられた。
「誰ですか? 榛名?」
妹ではなかった。
「てっ…ててててっ、提督っ! どどどど、どうして!」
慌てふためく金剛に構わず、若い将校は彼女から泡立つタオルを奪うと優しく背中を擦り始めた。
「お疲れ様、金剛」
「お、おちゅかれさまって… て、提督ぅ……ここは女風呂ですヨ。セ、セクハラでっす」
顔真っ赤。
心臓バクバク。
金剛は普段の冷静さなど全く失ってしどろもどろになっている。

「誰もいないのは確認済さ。それに、身体を洗ってあげるだけだよ」
将校の手は金剛の白い背中から、脇腹へと移っていた。
タオルに擦られる感触が金剛を心地よい気分にさせる。
「提督……触ってもいいけどさ…時間と場所を弁えなヨ…って……言いましたデ…ス」
整った肢体をくねらせる金剛。
その頬がピンクに染まる。
「ここ…気持ちいいんだろう」
タオルが金剛の程良いサイズの乳房を横から持ち上げるように動き始めた。
ぷるっ
柔らかな弾力。
「あはぁ… て、提督ぅ……あぁ…ん。か、身体を洗うだけって……」
「そうさ、だから金剛にはタオルしか当ってないよね」
「そ、それは詭弁でっす…ふあああっ! あああっ」
まるで愛撫のように、男のては金剛の乳房を揺らす。
タオル越しではあるが、指の感触が確かに伝わっていく。
「はふ… か、身体が……火照って…あん… そ、それ以上はダメデース。はああっ」
金剛は全身から力が抜けていき、男は彼女の背中の覆いかぶさりながらタオルを動かす。
「大丈夫。大丈夫。やらしいことなんて絶対しないよ」
「だ…ダメッ…… これ以上されたら…金剛は……金剛は……」
プルプルと震えてしまう金剛。
太股はキュッと閉じられて、乳房の先にある蕾は固く尖っていく。
「ふああああ、ていと…く……ふあああっ」
鋼鉄の乙女も攻略寸前。
もう後少し、指先でちょっと乳首を摘まんでやれば――可愛いワルキューレは――
そして当然のように、若い将校の動きはもぞもぞと。

「あっ、手が滑った」 
用意されていた言葉が男の口から毀れたその時だった。
「睦月! 突貫しまーす!」
小さな身体が男の身体を金剛から引き剥がし、そのまま湯船に落とし込んだ。
「ぷはっ! な、なんだっ?」
お湯から顔を出した彼の目に、3人の艦娘の憤怒の形相が移った。
「提督っ! これ以上の金剛お姉さまへの勝手は、榛名が許しません」
「お姉さまのお身体をこんなに… ゆ、許さないんだからぁぁぁ!」
「私の戦況分析では… 提督、ご臨終ですね」
「ちょ、お前たちなんで風呂で艤装してる……んだ」
それが彼の最後(?)の言葉だった。

艦娘、今日もこともなし――――

タグ:

金剛
最終更新:2013年10月07日 21:48