提督×響1-383

 この司令室はこんなに広かったのか。
今夜私が寝るための布団を残して、机も棚も片付けた部屋は、ひどくがらんとしていた。
明日にはこの部屋を引き払い、そして……
「司令官、郵送の手はずは整えてきた」
艤装を全て取り外した響が、秘書役として最後の務めを終えて戻ってきてくれた。
艤装を外して水兵服だけになると、元の年相応の少女としての顔がよくわかる。

……明日には、この子はソ連に引き渡される。

今さら何を言っても、どうわめいても、何一つ変わる事ではない。
この子の戦時賠償艦としての扱いを拒否する権限など、今の私には、わが国には無いのだ。
「最後まで、ありがとう響。もう遅くなってしまったが、君も休みなさい」
己の無力さに痛む胸を無視して、響に声を掛ける。
明日は早いのだから、という言葉を危うく口に出すところで飲み込んだ。
明日のことを、あえて思い出させることはない。
「司令官……」
いつもなら、仕事が終われば特に躊躇もなく「そろそろ戻ってもいいかな?」と自室に帰る響が、物言いたげな目でこちらを見てくる。
まさか朝まで酒を酌み交わすわけにもいくまいが、茶の一つを出してゆっくりと話してやることもできないほど片付けてしまったことが悔やまれる。
「響、どうした?」
我ながら、間の抜けた問いかけだと思う。どうしたもこうしたもあるまいに。
「司令官。……お願いが、ある」
何気ない仕草で、響が靴を脱いで畳の上に正座した。
「……」
響がお願いとは珍しいな、などとは言えなかった。
軽口で済ませてよいことではないと、その顔が告げている。
「響」
「司令官、私は明日、ソ連へ行く」
わかりきっていることを、しかし、響は胸を張って言った。
それも、連れて行かれるではなく、行くと言った。
こういう子だ。強い子だった。
だが、
「しかし、貴方もご存じのはずだ。満州で、ソ連兵が何をしたのかは」
きりきりと胸が痛む。それが意味するところと、響にそれを言わせてしまったことに。
「ああ……、よく聞いている」
「私も同じことになるだろう。彼らが戦時賠償艦を丁重に扱うとは思えない」
氷のような表情を変えることなく淡々と告げる響の言葉を、私は血が滲むほど唇を噛んで聞いていた。
響は、私の無能さ、無力さを、罵倒していいはずなのだ。
泣き叫んで、殴りつけて、この愚かな司令官を射殺してくれてもいいはずなのだ。
いっそ、響がそうしたいと言うのなら、私はそれでもいいと思っていた。
「だからその前に、司令官」
血の気の薄い響の頬に、めずらしく紅が差した。それは、怒りではなく、
「…………私を、抱いて欲しい」
予想だにしない言葉に、私は呆然となった。
そのような言葉を掛けてきた娘は何人もいたが、響はいつも冷淡だった。
妹の雷や電が私にじゃれついたり、姉の暁が私に頭を撫でられているときでも、響だけは私に直接触れることなく、常に一歩引いて私に接していた。
「貴方は、けっして私たちに手を出そうとなさらなかった。他の鎮守府にいる提督の中には、娘を手籠めにする者も少なくなかったと聞いているが、貴方は違った」
「私は君たちの命を預かっていたのだ。そんなことができるはずはない」
無論、間近に接する若い娘たちの身体に欲情をもてあましたことはある。
それでも、そんなことをすれば戦場へ送り出す彼女達の命だけでなく尊厳までも傷付けることになる。
何が何でも、私は自らを律することにした。そうし続けた。
「貴方は優しかった。でも、それゆえに残酷だった」
その私を、響は静かに糾弾した。
「残酷、だな。そうだ、私は……」
「違う。違うのだ、司令官。私の言いたいことと貴方の認識には齟齬がある。貴方が残酷だったのは、皆を戦場に送り出したからではない」
どういう、ことだ。
はらり、と。
響の瞳から一筋、美しく光るものが落ちた。
「……これほどに、貴方に胸を焦がされながら、ついぞ、抱いてもらえることもなく、乙女のまま沈んでいくことが、皆にとってどれほどにつらいか、貴方は理解して下さらなかった……」
静かに、されど血を吐くように、響は告げた。
「皆、貴方の優しさを、立場ゆえの苦悩を、それがゆえの強さを、愛していた。
恋い、焦がれていた」
こんな、もはや老いたと言ってもいいような、無能な司令官をか。
などと、言えるわけもなく、私はただただ、響の告白に曝されていた。
今、私が自らを貶めることは、私に恋い焦がれていてくれたという、今は亡きあの娘たち全てを、冒涜することになると、さすがの私でもわかっていた。
「私と、同じように……」
常に一歩引いていたこの子の態度が、姉妹たちへの遠慮だったのだと、今更ながらに気づいた。
姉妹たちや、他の娘たちの思いを代弁してからやっと、自分の思いを告げるくらいに、この子は優しいのだった。
その響をして、死んでしまった皆のことをわかっていてさえ、ああ言わせることがどういうことか。
「私の身体は、まだ男を知らない。ソ連兵にいいようにされる前に、……せめて、最初だけは、貴方に……」
最後は、蚊の鳴くような声だった。
「響……」
「私の……、一生のお願い、です……」
三つ指を突いて、まるで新妻のように、最後は口調さえ改めて、響は深々と頭を下げた。
様々なものが頭をよぎる。
この部屋に来て、そして帰ってこなかった娘たちの顔が、幾重にも、幾重にも重なる。
君たちは、私を恨んでいるのだろうと思っていた。
それは、大きな勘違いで、そして、同時に正しかった。
今、こうすることは、抱いてやれなかった君たちを裏切ることになる。
私はこれでも、君たちを愛していたつもりだ。慈しんでいたつもりだ。
それは、今目の前にいる少女とて、例外であろうはずもない。
いや、誰か一人を贔屓してはいけないと思いながら、どうしてもそうしてしまっていた少女だった。
明日には露助たちの手に落ちて穢される愛しい少女が、こうして何もかも振り捨てて頭を下げている。
済まない。
心の中で、幾多のものに頭を下げる。
最後に身体を動かしたものは、義務感や哀れみではなく、枯れたと思っていた男としての衝動だった。
愛しい女が他の男に抱かれる前に、我がものにしたかった。
頭を下げ続けていた響の身体を抱き起こし、部屋に唯一残っていた夜具の上に押し倒した。

灯火管制で裸電球に絞った傘を被せていたため、部屋の隅は夜の闇が舞い込んでいた。
その暗がりに組み伏せた小さな身体は蜉蝣のように儚く見えて、ここまでやっておきながら、思わず手を出すのが躊躇われた。
だがその薄闇の中で、響は、うっすらと、だが、決して見間違えようがなくはっきりと、微笑んでいた。
私の暴挙を受け止めるように、許すかのように、待ち焦がれていたとでもいうように。
私は、その微笑みに応えたかった。
だが、決して壊したりしないように、そっと、数え切れないほど見ても見飽きなかった赤いスカーフに手を掛ける。
後戻りできないことをしているという自戒とともに、思っていたよりも、するりとほどけた。
響の服を脱がしているのだという罪悪感に、甘い疼きが混じることが否定できない。
そうだ、長きに亘って気づくまいと目を背けていたが、私は、傍にいるこの娘の身体に、女を感じていたのだ。
感じていたからこそ、今の今まで手を出せずにいたのだ。
だが、次を脱がそうとしたとき、私は酷く間が抜けたことに気づいた。
水兵服の脱がし方が、わからない。
士官学校卒以来、水兵服を着ることもなかった自分の経歴を、この時ほど恨んだことはない。
服を揃えるのも、洗濯をするのも、皆、任せっきりだった。
こんな身近にいる少女の服の造りさえ知らずに居て、少女たちの指揮を取っていたなど。
「司令官、ひょっとして……」
戸惑っている私を見て、響がいつも通りの察しの良さで声を掛けてくれた。
まったく、私はつくづく戦術指揮には向いていない男だったというわけだ。
「済まぬ。どうやったら脱がせてやれるか、わからん……」
それを聞いて、響はくすりと笑った。
妹たちを思わせるような、邪気のない笑顔だった。
「安心した。貴方が、そういう人で」
左手を後に突いて上半身を少し起こした響は、右手を襟元に持っていき、何かを解いたようだった。
それで、襟元から下へ、スカーフに隠れていた部分が半分まで開かれた。
なるほど、こうして首が通る大きさに広げて上から被っていたのか。
「あとは、脱がせて欲しい。貴方の手で……」
是非もない。本来ならばさきほどのことも私がやらねばならなかったのだ。
裾に手を掛けて、響が身体を任せやすいようにゆっくりと上げていく。
白い腹がだんだんと露わになっていく。
さらにその上までたくし上げたところで、下に身につけている真っ白い胸当てが覗く様は、途方もなく淫靡だった。
響の頭が襟を抜けるときに、響の視線が遮られた瞬間に、そこへ目が行くのを止められなかった。
胸当てとはいっても、サラシと大して変わらないほどに、それが守っている胸は慎ましやかだった。
上着を脱がし終えて、その胸当てに手を伸ばそうとすると、響はかすかに身をよじった。
「その……先に、スカートを」
この期に及んで順序も何も無い気もするが、今これから男に蹂躙されようとする娘心は、せめて溢れる羞恥を後にしたいと思うのだろう。
「わかった」
スカートの造りは私にもおおよそ推測が付いた。
暗がりの中で手で探ると、左の腰の辺りに釦があり、これを外すと腰回りが広がった。
響の後腰に軽く左手を回して、彼女が腰を浮かせやすくしてから、右手でスカートを引くと、その下から胸当てと同じ色の腰巻きとすら言えない小さな布が、申し訳程度にその場所を守っていた。
これで、響の身体の線がほとんど露わになった。
胸だけでなく、腰周りも細く、これから蹂躙することが許されぬほどに幼い身体だった。
艦娘たちは、その役目を背負った時から老いることが無くなる代わりに、成長することも無くなる。
男を受け入れることができるほどに、成長しているはずもなかった。
その無垢な身体を前にして、私は恥知らずなことに、途方もなく劣情を催していた。
ただの子供の身体ではない。
私が長らく、愛しく思い続けてきた、少女の身体だ。

 堅く絞っていた褌の中が、ひどく窮屈になってきた。
今すぐにでも、響の身体を覆う布を全て剥ぎ取りたくなってきた。
だが、己が願ったこととはいえ、貞操を叩き込まれた大和撫子としての響の恥じらいを無残に壊してしまうことはできなかった。
私は二度三度と、大きく息を吸い込み、吐き出して、己を辛うじて抑え込んで、響の両脚を覆い隠す黒い靴下から脱がせることにした。
少しでも後にしてやらねば、響の心に覚悟も定まるまいに。
「……ありがとう」
どうやら、その判断は間違っていなかったらしい。
指の先に微かに触れる素足の感触は滑らかで、脱がせやすかった。
ふと、右足からするりと脱がせた靴下が絹であることに気づいた。
戦時下ではまず手に入らなかったであろう代物だ。
響は、最初から私に抱かれるつもりで、目立たぬ中で精一杯着飾ろうとして、こんなものを履いてきたのだろうということが察せられた。
そのいじらしさを噛み締めながら、左足からも靴下を脱がせ取る。
見たことのなかった響の素足は、愛らしい指の先まで細く細く、大人の女性のような肉感的な色香はまだ無かった。
いや、まだもなにも、ついぞ、得ることはなかった。
ただ、美しかった。
「さすがに、これは……」
恥ずかしいのだろう。
露わになった二本の脚を、その付け根を隠すかのようにぴたりと合わせて揃えていた。
貞淑な、愛らしい仕草だった。
わずか二枚の布。
それだけが、最後に響を守っていた。
どちらから脱がしてやるべきか迷ったかが、やはり上からだろうか。
しばし逡巡していると、響がおそるおそる声を掛けてきた。
「司令官は……脱がないの?」
言われるまで、私は自分のことをすっかり忘れていた。
士官服のままで、ここまでの凶行に及んでいたなどと。
だが、響としては自分だけが裸に近い姿なのに、私がそのままではおかしいだろう。
「そうだな、済まなかった」
言われると、服はひどく邪魔だった。
身体が響を欲していて、服など早く脱ぎ去りたかった。
だが、慌てて脱げば、響を怖がらせてしまう。
焦らさぬ程度に、できるだけ悠然を装って、私は上下を脱いで褌一枚になった。
響は、そんな私をしばらく呆然と眺めていた。
「どうした?」
「司令官のお体を見るのは、初めてだから……」
そういえば、水泳訓練のときでも響は居なかったような記憶がある。
他の娘らのようにはしゃぐのを嫌っていたのかと思っていたが、今にして思えばただの強がりだったのかもしれない。
「もっと若い男の身体ならばよかったのだろうが……」
「いえ……、逞しい、ご立派な身体です」
うっとりと、響が言う。
ついぞ、愛する少女一人守れなかった程度の鍛錬に何の意味があったのかと思っていたが、そう言ってもらえるのなら僅かででも鍛えていた甲斐もあったというものだ。
今すぐにでも、窮屈になった褌を脱いでしまいたかったが、まだ駄目だ。
今でさえ、これから起こることの恐怖を抑え込もうと必死になっているはずなのに、さらに見せつけようものなら、響の心を傷付けてしまいかねない。
そして、それ以上に、私は響の裸身が見たかった。
胸当てに手を掛ける。
ぴくり、と響の身体が震えた。
いいな、と目で問いかけると、響は微かに目を伏せて頷いた。
背中に手を回し、胸当てを留めている結び目に指をかけた。
ほどく。
あっけなく、その一枚は響の身体を放棄した。
「ああ……」
どちらからともなく、ため息が漏れた。
紳士にあるまじきだが、私は凝視することを止められなかった。
暗がりの中で、その身体はほのかに白く、輝いているようにさえ見えた。
その、露わになった響の胸。
淡い、房とすら言えない小さな膨らみの真ん中に、二つの小さな蕾が、精一杯に尖って自己主張していた。
彼女そのものらしく、愛らしく、美しかった。

「小さいから……そんなに見ても……」
かすかな灯りを背にしている私の表情はわかりにくいだろうに、女の勘で視線がわかるのか。
それとも、わかりすぎるくらいに、私が食い入るように見ていたのか。
「……美しい」
思わず、そんな言葉が口から漏れた。
よもや童貞の小僧でもあるまいに、こんな少女の膨らみかけの乳に、崇めたくなるほどの思いを抱くとは、我ながら下劣な純情さに呆れかえる。
士官学校を出たての頃、遠洋航海で港に寄るたびに上官に引っ張り回されて地元の色街に踏み込むことが何度あったか。
肌の色も白いのから褐色まで色々な女を抱いてきた。
大半は顔すら覚えていないが、それでも今の響より胸の小さい女を抱いた覚えはない。
そして、今の響よりも美しいと思った女を抱いた覚えもなかった。
幼い少女の身体に、あどけなさの隠しきれない面差しが、ギリシアの大理石彫刻すら及ばぬ宝のように思えた。
「貴方が……、そんなに嘘が上手とは、知らなかった」
照れているのか、瞳をわずかにそらしながら、そんなことを言ってきた。
それはそうだろう。嘘偽り無く、本心で言っているのだから、上手な嘘に聞こえるだろう。
嘘ではないと、言葉で言っても聞いてはくれまいか。
どれほどに私が、今の響に欲情しているか。
この身体を、誰にも渡したくないと願っているか。
それが叶わないことに、どれほどに煩悶しているか。
せめて、だった。
せめて、響の身体の全てを最初に手にする男は、私であろうとするのだ。
左腕を伸ばして、響の腰の後ろに回し、彼女が抵抗する間も与えずに抱き寄せた。
私の腕の中に、すっぽりと響の小さな身体が収まってしまう。
今このときだけは我が物となったその白い肌にそっと右手の指を伸ばす。
細い頬をなぞり、乱暴にしたら折れてしまいそうな首筋をなぞる。
凹凸の浮いた鎖骨からさらに下へと伸びた私の指が、淡い膨らみに掛かった。
握るほどの大きさどころか、摘むほどもない。
だが、少女のそこまでの肉よりも確かな感触が、指の腹に伝わってきた。
滑らかな肌をなぞる。
かすかに力を掛けながら、撫で回す。
右も、左も、ゆっくりとなぞっていくと、そのかすかな膨らみの輪郭がわかる。
艦娘の宿業に囚われなければ、豊かに膨らんでいたであろうと思わされた。
だが、この慎ましやかな身体はあるいは響の心根のようで、なぞっているうちに、響に触れているという思いが湧き上がってきた。
もっと、触れたい。
心の臓に近い方の蕾に、人差し指を伸ばす。
その先に、ほんのわずかに触れた。
一瞬だが響の身体がぴくんと撥ねた。
女の、反応だった。
もう片方の蕾にも手を伸ばし、今度は、もう少し強く押した。
膨らみとは違う確かな感触が伝わってくる。
それを、そっと人差し指と親指で摘もうとするが、摘めるほどには大きくなく、その先端をいささか強く擦ってしまった。
「あっ……」
それは、嬌声だった。
響の口から漏れたとは思えないほどに艶のある声に、私は背筋がぞくりとするほどの背徳感が降りて来て、褌の中で滾るのをやめてくれなかった。
もっと、もっと声を聞きたい。
今度は、押し込みながら摘もうとする。
「んんっ……」
今度の声は、艶に痛みが混じった。いかん、やりすぎたか。
「司令官……、少し、痛い……」
「ああ……、すまない」
「だから……、もう少し優しく、もっと……触れてほしい……」
ねだってきた。
しかし、手で触れていると、響を手に握りたいという衝動が溢れてきて留めようがなくなってきそうだった。
それならば、いっそ、そうしよう。
唇を響の蕾に寄せて、私はその先を唇でそっと咥えた。
驚いた響が反射的に身体を跳ねさせたが、私は両手で響の肩を押さえつけて逃がさなかった。
そのまま、吸った。
響が堪えきれずにあげる、甘い悲鳴が耳に心地よい。
少し吸って、唇の中で、その蕾を舌先でなぞる。また、吸う。
そうしながら、両手は響の身体をまさぐる。
肩から今度は二の腕や背中に伸ばし、触れる、なぞる、撫でる。

「司令官……、なに、も、出ないから……」
そんなことはわかっている。
わかっているが、だが、響の蕾を貪っていると、ひどく満たされている自分がいることに気づかされた。
こんな老いも見えた男が、幼い少女にそんな思いを抱くなどお笑いぐさだが……。
いや、男など、いくつになっても所詮そんなものかもしれない。
艦が全て娘に限られるのは、我々のような情けない軍人たちの、愚かな懸想の結果なのかもしれないのだから。
それも、新兵から元帥まで揃いも揃って。
そんなことを内心で言い訳にしながら、乳が出ないとわかっている幼い果実を吸う。
右も、左も、時折舌で嬲ることを混ぜながら、そのたびに響は身体を震わせてくれる。
だが、やがてそれだけでは満足できなくなってきた。
この身体が、何者かに侵される前に、全てを私のものにしなければという、義務感のような思いに駆られてきた。
それは、乙女の純潔だけではなく、響の全てをだ。
そう思った私は、響の身体中を撫で回すだけでは飽きたらずに、蕾の周りに舌と唇を這わせていった。
膨らみの外輪から、脇の下を通り、か細い二の腕から右手の指の先まで。
「司令官……それ、は……」
最初は、私の愚行に驚いて、響は手を引っ込めようとした。
だが、その手をそっと、しかし逃れられるほどに強く握って止める。
「響……。そなたの全てを、私で染めておく」
あえて、何かが起こる前にとは言わずにいた。
こうしてやり始めるときから、わかりきっていたことだ。
「それなら……」
と、響は何か言いたげな顔をした。
指を泳がせて、唇を振るわせて……ああ、そうか。
まったく、そんなことも忘れるくらいに、私は彼女を貪っていたのか。
順序がまったく逆だった。
「そうだな。すまない。先にそうすべきだったな」
響のおとがいに指を添えて上向かせる。
どうしても身長差があるから、私が覆い被さる形になった。
白無垢を着せてこうしてやることができていれば、何もかもが違っていたのだろう。
誰かを贔屓してはならないなどという私の思い上がりが、結局は、何もかもを不幸にしたのか。
だが今こうして、深くなってきた夜の闇の中で私を見上げてくる響の姿は、白無垢さながらに美しかった。
白い柔肌は言うに及ばず、姉妹全てを失った悲しみで白くなってしまった髪さえも、今こうして見れば、彼女によく似合った。
間に合わなかった婚礼のつもりで、私は、彼女の唇に接吻した。
響の唇は見た目通り厚くはないから、さほど押しつけた時に深みはない。
だが、柔らかく、暖かく、芳しい。
驚いたような響の吐息を吸いこんだのか、鼻腔を甘くくすぐるような匂いがする。
芳醇な匂いを放つ青い果実を目の前にしているのだから当然だろうが。
唇だけで満ち足りなくなり、舌先を差し入れる。
フレンチ・キスと言うのだと、欧州留学の折に身につけた下らない知識が頭の深いところから浮かび上がってきた。
驚いたらしい響がかすかに身動きしたが、すぐにこちらの意図を察したのだろう。
唇にかかっていた力が抜けて、私の舌は響の口の中を侵し回ることができた。
響の味だと同時に、響が私を味わっていると思うと、妙な気分だった。
私はこの若々しい果実を味わっている果報者だが、こんな枯れた男を味わっている響はどう思っているのだろう。
そんな頭に浮かんだ疑問を察したわけでもないだろうが、差し入れた舌先に、濡れた感触が絡みついてきた。
あまつさえ、絡みながら舌を遡って、私の口の中にまで入ってきた。
もっと味わいたいと、言わんばかりに、しばらく、息をするのも忘れて啄み合った。
先に息が続かずに音を上げたのは響だった。
これで私の方が先に息を切らしていたらあまりに格好が付かない。
海軍士官学校で鍛えた肺活量が、こんなところで活きるとは思わなかった。
「髭が、くすぐったかった……」
まさか味がどうだったかと聞くわけにもいかなかったが、響は、少しはぐらかすようなことを呟いた。
そういえば、朝方髭を剃ってからなので、少し響の頬に刺さったかもしれない。
「髭は、いやだったか?」
接吻が嫌だったかとは聞けず、そんな尋ね方をした。
「いいえ。悪くない感触でした。……もっと」
接吻ではなく、髭の感触を名目にして、私たちはまた唇を合わせた。
それを、息が切れるまで繰り返す。
今度も、響の方が先に息を切らせ、もういいかと思ったが、響はまたもねだってきた。

都合、合わせて、四度。


終わったときには、水から上がってきたときのように二人とも荒く息を繰り返していた。
啄んでいるときには息ができないのに、まるで水中で空気を求めるかのようにお互いを求めているのだから、不思議なものだ。
さすがに酸欠で、姿勢を維持することもできず、夜具に背中から倒れ込む響の背中をそっと支えながら横たえさせた。
さしずめ、俎板の上の鯉のようにさえ見えた私は、どうかしている。
存分に味わった唇の周りの、頬や耳、瞼や額を、なぞり、接吻の雨を降らせた。
一カ所残らず、私が触れた跡を残すように。
響は、時折身じろぎしながら何も言わずに、私がまだ接吻していない顎や首元を自分で指さした。
言葉を返すこともなく、私はその指示に応える。
髪の毛一筋一筋までは舐ることは難しかったが、全てに触れておこうと、幾度も幾度もその長い髪を指で梳いた。
絹の糸でさえ、この髪には及ぶまい。
かつては姉の暁と同様に漆黒だった髪はこうして白銀になってしまったが、この色には、その姉妹を失った悲しみが込められているのだ。
顔の周りを撫で終わると、私は響の身体を下へ下へと侵略していった。
服の上からでもわかっていたが、裸にするとなおのこと細すぎる腰は罪悪感を呼び起こさせる。
そんな中に、小さな臍があるのが、愛らしかった。
その下には、辛うじて最後に残った一枚の布がある。
その布を取り去ったら、私の自制もそこまでだろう。
辛うじて堪えて、為すべきことを先にしようとする。
ふともも、などとはとても呼べない、幼い少女らしくすっきりと伸びた足のうち、右足を膝立たせながら、表も裏も指と唇と舌でなぞっていく。
膝裏も、ふくらはぎも、その感触を私の脳裏に刻みつけるように触れていく。
足の指を舐めていると、かすかに塩気と、汗の匂いがした。
だが、それすらも芳しいと思えてしまう。
私の中に乱歩の小説のごときこのようないかがわしい嗜好があったとは。
つくづく、あの娘たちに手を出さずにいてよかった。
手を出せばきっと、私はそれに溺れきってしまい、あの娘たちを壊してしまっていただろう。
「司令官に……、こんな、こと……」
私が響の足の指を口にしていると、私を足蹴にしているような体勢になることに響は気が引けているのか、恥じらうような顔を見せた。
男を足蹴にしてよいなどと、教わっては来なかったのだろう。
響に教え込まれた大和撫子としての慎みがわかって、私はなおいっそう愛おしくなった。
「私が、そなたを味わいたいのだ」
「……はい」
そう答える響の顔が嬉しそうなことに、私は救われた。
右足を舐り終えて、今度は左足を先の方から舐めていく。
隈無く、全ての新雪を踏み荒らし尽くすように。
左の股まで舐めて撫で終えてから、響の背中も蹂躙すべく、その細い腰に手を掛けた。
言わずともわかるのか、響は私が力を掛けるよりも先に、くるりと身体を翻す。
細すぎる背中が目に入り、そして、私はそのとき間違い無く、心臓が跳ねるのを覚えた。
わずかの布きれに覆われた小さな尻がこうして私に向かって突き出されるのを目の当たりにして、私ははっきりと、この娘を孕ませたいという衝動に駆られてしまった。
ひどく動物的で、暴力的な衝動だった。
欧州女で、尻の大きな女などいくらでも見て来たはずが、その今まで見て来たどの女に対しても抱いたことの無かった、はっきりとした生殖衝動だった。
否応なく、褌の中が固くなる。
そろそろ、我慢も限界に近くなってきた。
響がくすぐったがる声を聞きながら、背中を撫で舐め終える。
これでもう、響の身体で触れていないところは、最後に残った布一枚の下だけだ。
既に、私は響の身体を組み敷いていた。
無理やりにでもこの布を剥ぎ取って、獣のように交わりたかった。
だが、幼い響の身体にいきなりそんなことをしたらどうなるか。
この後に響を待っている運命がそれだとしても、せめて最初の交わりくらいは、優しく抱いてやらねば、今こうして私が生きている意味すらもない。
そう己に言い聞かせて、獣の衝動を辛うじて抑え込む。
ゆっくりと、身体を開いてやらねばならぬ。
今まで交わったどの女にしたよりも、もっと。
「響……」
そっと身体を抱きかかえて、仰向けに横たえさせた。
じっと私を見つめてくる響の瞳を見つめ返しながら、取るぞ、とは言わなかった。
わずかに睫毛を動かして、響が頷いたように見えたのを確認してから、その最後の一枚を取り去った。
予想はしていたが、その下には一筋の翳りもなかった。
わずかばかり膨らんだ割れ目はぴったりと閉ざされて、おそらくは自分で弄んだことすら無いのだろう。
女陰とは、こんなにも美しいものだったのか。
壊してはならない儚い硝子細工のようなその姿に、しばし、私は陶然と魅入っていた。
こんなところに、入るはずもないものを入れようとするのだ。
指の腹を当ててみると、硝子細工ではなく、柔らかく暖かい肉の感触だった。
まだ何者にも侵されていない、閉ざされた、穢れのない感触だった。
私の爪が伸びていないのが幸いだった。
まず小指の先を、割れ目の入り口にそっと差し入れてみる。
ぴったりと閉ざされていて、固い貝を開いてみるような感触だった。
いきなり力を加えては駄目だ。
少しずつ、響が痛がらないか確かめながら押し込んでいく。
それでも小指の第一関節まで入れるのがやっとだった。
それ以上はとても開きそうにない。
手首を返して割れ目の上側をなぞりながら、一度そっと指を抜き取る。
そうしてからまた差し入れて、また抜く。
一度目よりは二度目の方が、ほんの少しだけ深く入った気がする。
少しずつ、少しずつ、響の身体を開いていく。
何十回目かで指を抜こうとしたときだ。
「…………っっ!!」
響が弾かれたように首を仰け反らせた。
「響……?」
「し……れい……、いま、の……?」
響は戸惑った顔を見せた。
痛みを覚えた風ではなく、むしろ、自分が今し方初めて味わったものを咀嚼できずにいるという顔だった。
ようやくに響の幼肉に隠された陰核に触れることができたのだろう。
響にとっては、自分の身体にそんな感触を受けることができる部位があることすら知らなかったのかもしれない。
幼い身体にこれから刻み込むその感触が、せめて苦痛ではなく快感として記憶に留まってくれることを、願わずにいられなかった。
「響」
触っていいか、とは聞かなかった。
響も、やめてとは言わなかった。
ただ、核を私の指の腹が擦るたびに、声を殺して身体を震わせる。
はしたない声を上げるのが恥ずかしいのだろう。
私は、もっと声を聞かせて欲しいと思っているのだが、無理強いはさせたくなかった。
やがて、繰り返していくうちに、うっすらと湿り気を帯びてきた。
それでもまだ、入れるには到底足りるものではなかった。
生娘の響を傷付けずに済むとは思えなかったが、それでも濡れているとすら言えないこんな姫洞にねじ込んだらどうなるか。
「司令……官……?」
しばし思案に耽っていた私を訝しんで、響が声を掛けてくる。
「大丈夫だ、響」
何が大丈夫なものかと自分を嘲笑いながら、響の立てた膝を両手で開かせる。
響は身についた慎みのせいか、反射的に膝を閉じようとしたが、歳は食っていてもこれでも海軍士官の私に勝てるような力は無かった。
開いた膝の間に頭を入れて、響の下の唇に口づけした。
「し……司令!?……汚い、です……そこは」
「どこが、汚いものか。こんなにも美しい……」
一度唇を離し、響の非難に対して嘘偽りのない思いを口にする。
また口づけし、割れ目の間に舌を這わせ、唾液を垂らしていく。
だが、一方的に攻め立てているつもりはなかった。
かすかに感じる塩の味と、潮の匂いにも似た響そのものの香りが、舌と鼻腔から私の頭を蕩かしていく。
熟した女とはまるで違う、瑞々しく、若々しい、響の、味と、匂いだった。
脳髄が蕩けていっているのに、身体の下の方には熱く血が巡っていることがはっきりとわかる。
ただただ、精を放ちたいという少年の頃のような欲求が、この枯れた身体に残っていたとは。
痛いほどに陽根が固くなっていた。
これではますます響の中に入れるのは難しいかも知れないと頭のどこかで思いながら、もう我慢ができなかった。
褌を解き、今まで隠していたものを響の前にさらけ出した。
「……っ!?」
怯えたのも無理はない。
元々、同期の桜たちと風呂場で比べて、大きさでそうそう劣った覚えもない。
ただでさえそうなのに、私自身、こんなにも強く猛ったのはそれこそ初めて女と交わったとき以来だろうか。
そんなものを、生娘の前に突きつけるのはやはり残酷だった。
これがお前を刺す槍だぞと、喉元に突きつけているようなものではないか。
いっそ、見せることなく響が何も分からないままに貫いてやる方がよかったのか。
「これが……殿方の……」
屈み込んで、一思いに差し入れようかとした私の動きを、差し伸べられた響のたおやかな手が留めた。
おそるおそるという仕草で、そっと私の竿に触れてきた。
その白魚のような手が、赤黒く膨らんだ怒張に触れると、それだけで何か清められたような気さえしてくる。
おずおずと顔を近付け、まじまじと見つめてくると、さすがにいささか気恥ずかしい。
と、毒気を抜かれたような私の男根に、柔らかく湿った感触が走った。
驚いたことに、響が、先端の割れた鈴口に舌を伸ばして舐めたのだ。
先ほど怯んだことを気に病んでのことだろうか。
しかし、一度ではなく、二度、三度と舐めてくる。
まるで、子猫が水を飲むかのような愛らしい仕草で。
「響……そんな汚いもの、口にしてはいけない……」
商売女に無理やり咥えさせたことは何度かあるが、こうして見下ろす光景は、そのときの記憶とはまるで違っていた。
響のような美しい少女の、睫毛を伏せたような表情と、その眼前に突きつけられた私の醜い欲望の塊とが、無様な、あるいは見事な対比に見えて、その表情を一層美しく見せていた。
「どこが、汚い……。こんなにも、逞しい」
世辞にしても先ほどの私の言葉の意趣返しにしても、冗談が過ぎると思ったが、響は、それが嘘ではないと告げるかのように、一度口から離し、赤黒い竿元まで頬ずりさえした。
そして、なんということか。
響の小さな唇がめいっぱい開かれたかと思うと、私の欲望の先端がその中に飲み込まれた。
柔らかく湿った中に怒張が浸されて、その感触になおのこと膨れあがる。
響の口の中は小さく、上あごと舌とに挟まれて窮屈なのがなおのこと心地よい。
その中で、健気にも私の幹に快感を与えようと、瑞々しい舌が前後して私の裏筋を刺激する。
先端しか飲み込めていないのが気がかりなのか、無理にでも喉の奥に押し込もうとしているのがわかる。
たどたどしい動きながら、なんとか歯を当てないように気を使っていることがわかる。
むろん、初めてなのだろう。
だが、響がそもそも陽物を咥えるということを知っていたことが驚きだった。
「こんなことを……どこで」
商売女のような技巧は無い。
しかし、小さく湿った中でその舌が動き回るだけで、たっぷりとした唾液とともに私の竿に絡みついて、えもいわれぬ稲妻めいた感触が私の下半身を浸す。
「それは……秘密」
呼吸をするのを忘れていたのか、荒い息を継ぎながら、響は少しだけ謎めかして答えた。
「誰が教えたかは……、聞いた皆が全員、水底まで持っていくという約束で、教えて貰ったから……」
意外な答えが、返ってきた。
とすると、私が想像すらしなかった誰からしい。
ふっと、笑いたくなった。
笑う資格など無いとわかっていても、笑いたかった。
あの娘たちが、私に黙って、そんなささやかでひめやかな秘密を抱いていたことが、嬉しかった。
そんな感慨に耽っていると、ふと、不思議な感触がした。
咥えたり、舐めたりとかいがいしく仕草を繰り返している響だが、それだけではないような気がしたのだ。
まるで、南方の女宿で、何人もの娘を同時に相手したときのような……畳み掛けられるような感触が、私を予想外に昂ぶらせた。
そんなことがあるはずがないのに。
物思いに没頭していたのがまずかった。
気がついたときには、込み上がってくるうねりのような衝動が止めようのないところまで来ていた。
「ひび……き、離せ……」
聞こえなかったはずはない。
響は、それを聞いて、私の竿の根本をしかと掴み、小さな口で喉まで飲み込まんばかりに深く咥えた。
女陰の奥を突く感触にも似た響の口の奥は、暖かく私を迎え入れた。
駆けあがってくる輸液の奔流がもはやどうにもならぬままに、男の衝動を鼓動とともに脈打たせる。
小さな肉の中に包まれながら、私は許されたような解放感のままに、思い切り精をぶちまけていた。
こんなにも激しく放ったのは、もう何十年ぶりか。
一度の脈動で響の口の中にどれほど放ったのか、考えることも出来ぬほどの紫電めいた快感に私は燃え尽きるほどの喜びを味わっていた。
ただ、健気にもしかと握って離すまいとしていた響が、あまりの量に耐えきれずに咳き込みながら口を離してしまい、その口から涎のように白濁が滴り落ちる前に、その響の眼前で、第二射を炸裂させてしまった。
止めようがない。
第三射、第四射と、私は響の顔といい、頭といい、ありったけの精をぶちまけてしまっていた。
誤ってではない。
私は確かに、美しいものを穢す暗い喜びに良心の呵責すら悦に入って味わっていた。
精を顔にぶちまけるなど、南方の商売娘にさえしたことはない。
そんな所業を、ずっとずっと、慈しみ、守ろうとしてきた最愛の娘に行っていた。
「響……」
何度目かの脈動で、ようやく砲弾が発射されなくなったようだった。
目の前には、白く美しい髪と顔に、私の汚濁液をありったけ浴びせられた響の姿があった。
精を放った後に訪れる特有の後悔があった。
やってしまったことへの後悔があった。
にも関わらず同時に私の中には、これだけの精を、どうして響の胎の中にぶちまけることができなかったという後悔すらも併存していた。
若い頃ならばいざしらず、一晩に二発もやった最後の記憶は何年前だろう。
響が露助に穢されて、純潔を奪われる前に、私がしなければならなかったのに、この老いた砲塔を使い物にならなくしてしまうとは、なんという不覚か。
義務感と本能とがない交ぜになった身勝手な悔恨と、今し方味わった快感の余波で動けなくなっている私の前で、響は喉に精を詰まらせて咳き込んでいた。
しかし、咽せて何度か吐き出した白い塊を、響は自分の手に受け止めていた。
ようやく息を落ち着かせてから、響は両手に載った唾液混じりの精液を、再び口に持っていき、全て舐め取ってしばらく口の中に留めてから、こくりと嚥下した。
「これが……貴方の味……」
どくり、と、それを見た私の心臓が跳ね上がった。
響の口から出たにしてはひどく淫靡な、それでいて男の自尊心をくすぐる言葉だった。
それから響は、長い髪にべっとりとまとわりついた精液を拭うどころか、まるで椿油を差すように髪にすりこんでいった。
響の美しい白い髪に私の白い汚濁が絡みつき広がっていく。
不思議な光景だった。
夜の乏しい光の中で、私の汚らわしい欲望の雫が、響の髪の上ではまるで真珠のように輝いて見えた。
その美しい姿に、熱く流れ込んで来るものを感じた。
同時に、何かに支えられるような、弄ばれるような不思議な感触が下半身を浸した。
仰角が上がる。
この老いた身体に、これだけの精力が残っていたとは思えぬゆえに、助けられているとしか思えなかった。
仔細は分からぬが、ただ為すべきことはわかっていた。
いや、義務ではなく、私がやりたいと思って為すことだ。
この娘を、抱きたいのだ。
今この私の手で、その純潔を奪いたいのだ。
私の物に、したいのだ。
せめて、この時だけ、初めての時だけは。
幸い、響の唾液と私が溢れ出した精液や先逸り液のおかげで、私の怒張は濡れそぼっている。
ろくに濡れてもいない響の中に入れるにしても、少しは滑りがよくなるかもしれない。
「響……」
そっと肩に手をやり、響の身体を夜具に横たえさせる。
初めてのときに、無理な姿勢を取らせるのははばかられた。
しかし、恐怖に震えていてもおかしくないはずの響は、色濃くなってきた闇の中から真っ直ぐに私の瞳を見つめてきていた。
「響……?」
嫌がっているのではあるまいが、何か伝えたいことがあるのかと問いかけてみた。
「私の名前だけでなく、暁と、雷と、電の名前も、呼んで……」
その願いを、どう受け止めてやればよいのか。
これから乙女の花を散らそうとする閨で、他の女の名前を呼ぶなど、地獄で焼き尽くされても償えない大罪だろう。
それなのに、響はそんなことを頼んできた。
姉と妹たちの魂を、自分の身体に載せて、私に抱かれようというのか。
艦娘たちの魂は、神社に祭られた柱のようなものではないかという説を聞いたことがある。
水底に送ってしまったあの子たちの魂が、今この場に来ているのか。
そう思い至ったとき、私の枯れそうな男根を先ほどから支えてくれているものが何なのか、私はようやく思い至った。
お前たちも、今こうして私が響を抱くことを願っているのか。
お前たちも、私に抱かれたかったのか。
その願いのために、水底から戻ってくるほどに。
「響……」
「はい……」
おそるおそる、私は呼びかけた。
「暁……」
「……はい」
響の瞳に、姉の面影が重なって見えたような気がした。
「雷……」
「はーい……」
響の口から漏れるこの声は、幻聴とは思えなかった。
「電……」
「はわ……」
思えば、この四人はこんなにも、似ていたのだ……。
せめてこの一時が、私の罪の意識が見せた幻などではなく、彼女達が少しでも救われる一助とならんことを。
「いい子だ」
彼女の、彼女たちの頬をそっと撫でる。
安心したように私の手に小首を軽く預ける彼女の表情は、四人の誰にも見えた。
その四人の娘の純潔を一度に奪うのだ。
役得というには、あまりに外道な果報者ではないか。
彼女達のお陰で、私の男根はこれ以上ないというくらいに固く張り詰めていた。
しかし、果たして本当に入るのか。
秘唇にそっと砲門をあてがうと、あまりの大きさの違いに愕然となる。
これはもう、濡れているとか滑るとかいったことでどうにかなるものではない。
入れようとすれば、彼女の身体を裂かずにいられるはずがない。
「問題……ないですから、一人前のレディとして……扱って……」
それは、誰の言葉だったのか。
私の躊躇を拭い去るには十分な言葉だった。
そうすると、果てしない肉欲が衝動として私の身体を突き動かす。
私の醜い肉塊が、翳り無く美しい割け目に突き刺さろうとするその様は、嗜虐心を呼び起こさずにはいられない光景だったのだ。
小さな下唇を掻き分けるように押し入れ、肉を膜に押しつける。
ただでさえ小さいそこに、紛れもない純潔の幕が下りている。
「いくぞ」
逃げられないように、彼女の細い腰を両手で押さえつける。
あとは、私の重みをそこに集めて押し通るのだ。
「はい……」
彼女は、そっと両手を伸ばしてきた。
まるで、自分の身体が痛みで逃げてしまうことを恐れているかのように。
掴まれ、と答える代わりに上半身を彼女に覆い被させるように倒して、彼女の両腕が私の首にしがみつけるようにしてやった。
もう、お互いに後戻りはできない。
気がつけば、間近に彼女たちの瞳があった。
そこに見えた四人分の思いを胸に刻みながら、私は最後の一押しを彼女たちの姫裂に叩き込んだ。
「…………!」
彼女たちが、言葉にならない声をあげて身体をのけぞらせた。
間違い無く、達成感があった。
そこを裂くその感触。
続いて私自身が潜り込んだところは、禁断を思わせる小さな世界だった。
そこを、勢いのままに蹂躙する。
だがそれなのに、彼女たちは、逃げなかった。
ひたすらに私にすがるようにしがみついて、私の暴虐を受け入れて、飲み込んでいった。
私は、抱いているのか抱かれているのかわからなかった。
貫いているはずが、包まれていた。
乙女たちの中には、紛れもない女というものがあった。
それも、今までに抱いたどの女たちよりも深く、果てしない世界が。
この小さな身体のどこに、私の欲望を受け止めるほどの器量があるというのか。
「……うれ……しい」
確かに、四人揃って、私はその声を聞いた。
隠しきれない涙をこぼしながら、その面影には四人全ての微笑みが集まっていて、私の胸を疼かせた。
だが同時に私を包む海原は、その幼さを忘れさせるほどにうねり、私を昂ぶらせた。
この行為は、まだ終わっていないのだ。
月と潮とに左右されるその身体の奥に、私は男として届けねばならないものがあることを確信した。
「動くぞ」
今し方純潔を失ったばかりの乙女の身体に、本来ならせめてもう少し落ち着くための時間をくれてやらねばならないだろう。
だが、彼女たちは、小さく、頷いた。
彼女たちは待つことを望んでいないと確信した。
私の欲望のたけを、彼女たちの身体は受け入れようとしてくれると信じた。
私を包み込む姫襞を、膨れあがった雁首で掻き分ける途方もない感触が、私の腰を甘く痺れさせた。
先ほど出していなければ一息で達してしまっていたほどの悦楽が私を襲った。
しかし、腰を引いても私の竿はそこから抜け出ることができなかった。
彼女たちがしがみつく腕と同じように、私の肉竿の先端を絡め取るように包んで離さなかったのだ。
ならばもう、躊躇はすまいと私は腰を前後させ始めた。
往復するごとに、そのあどけない世界は柔らかく、しかし決して緩むことなく私を奥へ奥へと誘っていく。
少しずつ少しずつ、私の身体が埋まっていく深さが増していく。
そのたびに私の竿から全身へと紫電のごとき快感が走る。
その竿は、私が先に出した精の白と、彼女たちの純潔の証たる紅とで、斑に染まっていた。
やがて、最果てに届いたという感触が、壮絶な快感の中に混じるようになった。
それでもなお彼女たちの小さい姫洞は私をさらに飲み込まずにはいられなかった。
もはや言葉もなく、獣じみた荒い吐息がお互いの声として交わされる。
彼女たちの月のものがどうとか、考えるまでもなかった。
他の誰に犯されるよりも、誰よりも先に、彼女たちの胎内を私で満たすのだ。
精通のときでさえ、男になったときでさえ、ここまで放ちたいとは思わなかっただろう。
男など所詮、自らの砲をより奥へと叩き込むための付属物なのだと思い知っていた。
全身が、痛いほどに固く張り詰めた砲身そのものになった気がした。
この悦楽をもっと味わいたいという願望すらあっけなく振り切って、本能を限りにした私の精の巣が爆発した。
砲身を駆け抜けていく私の分身たちの集団を、彼女たちの最後の聖域めがけて放った。
それはもう、一射とか二射とかいう量ではなく、私の身体にこれほどのものがよく蓄えられていたと思うほどの量を、彼女たちの胎内を文字通り満たすほどに注ぎ込んでいた。
痛みしか無かったであろう彼女たちは、そうして注ぎ込まれている間、何をされていたのかそれでもよくわかっていたのだろう。
かすかに甘く、切なげな吐息をついて、
「ああ……」
と、何かに浸るような声をあげて、私にしがみついていた腕の力さえ抜けて、夜具の上に力尽きて倒れ込んでいった。
そうしてようやく、彼女の秘唇が私の男根をようやく手放した。
濁った水音とともに、赤白く染まった私の竿が砲身を露わにし、先ほどまで純潔だった少女の姫洞は痛々しく口を開いていた。
そこから彼女の荒い呼吸に小さな身体が上下するのに合わせて、時折真紅混じりの白濁液が吐き出される。
我ながら、どれほど注ぎ込んだものかと呆れる。
にも関わらず、私の男根はまだ傾きを失っていなかった。
それどころか、あれだけ放ったというのになお、その硬さをも失っていなかった。
どういうことだ。
いくらなんでも、二度もありったけ吐き出しては、この老いつつある身体に力が残っているとも思えない。
それでは、なおこれを支えているのは、お前たちなのか。
その疑念を私が抱いたのを察したのか、それとも私の陰茎を支えながら姉妹の身体をも抱き起こしたのか、彼女は息も絶え絶えの有様の中、やっとのことで夜具の上の身体を翻して、うつ伏せに倒れ込んだ。
それから、背中越しに私を振り返り、ねだるような、すがるような目で私を見やった。
そろそろと、力の抜けた両手が、彼女自身の細い腰の下の、肉付きの薄い尻肉を掴む。
尻肉の間からは先ほど私が注ぎ込んだ白濁液が漏れて、しとどに濡れそぼっていた。
それだけで、硬さを保った私の下半身がさらに疼くほどに扇情的な眺めだった。
それなのに、その狭間を見せるように、彼女は自らの尻肉を開いて見せた。
「こち……らも」
ぞくりと、悪寒のごとき予感が私の肝を冷たくした。
大陸での露助たちの蛮行は噂に聞き及んでいる。
その中には嘘か誠か分からないが、前だけでなく後ろでも容赦無く楽しむのだという話があった。
誰だ、これから大陸へ行こうという彼女にそんな噂を聞かせた愚か者は。
いやしかし、その愚か者に感謝しなければならないだろう。
彼女は、その身体の全てを、露助に陵辱される前に、私に差し出しているのだ。
確かに、これだけ彼女の全身を味わいつくしておきながら、そこだけはまだ触れても、犯してもいなかった。
そして、その幼ささえ残る後ろ姿に、なおも欲情してしまう自分を否定できなかった。
これが本当に最後だ。
この時が終われば、用済みの砲塔など二度と立てなくなっても構わない。
その代わりに、彼女たちがこのおんぼろを立たせてくれているのだと信じるのみだ。
差し出された尻肉を両手で掴み、その真ん中にある小さな孔を指でなぞる。
暗がりの中でも、指で触れば大きさもわかろうというものだ。
先ほど無理やり貫いた女陰よりもさらに小さい。
せめて少しでも楽にしてやろうと舐めて、唾液を垂らしてやる。
汚いなどとは微塵も思わなかった。
彼女たちの身体に、一片の穢れさえもあるものか。
穢れているのは、この私と、戦場と、この後に彼女を待っている者でしかないのだ。
私は、鬼畜だ。
米英にも劣る鬼畜の所業をこの娘に刻み込んで、この後にこの娘を襲う鬼畜たちに先んじる。
そう、心に決めた。
あてがう。
まるで穴などなく、壁に突き立てるような堅い感触だった。
もはや尻を開く力もなく夜具に倒れた彼女に覆い被さり、全体重を一点に掛けて、堅くいきり立ったままの杭を思い切り押し込んだ。
「…………!!」
あまりの激痛に声も出ないのだろう、彼女が仰け反って、水中で空気を求めるかのようにもがいて喘いだ。
彼女自身が望んだこととはいえ、これは紛れもない強姦だった。
前よりもさらに小さい、本来の用途ではない小さな孔を、軋みさえあげながら、彼女の純潔の血で濡れたままの男根で刺し貫いていく。
押し込んだ砲身は、彼女の内臓を、私の男根の形にねじ曲げて掻き回している。
途方もない罪悪感と、それにも勝るくらいの薄汚い背徳感とが同時に私の脳裏を走る。
同時に、しがみつくどころか絞り切るほどに狭い穴を貫通させる中で、彼女の穴によって絞られる快感が私の脳髄を焼き尽くしそうになる。
私は、快楽のために愛しい娘を犯す外道だった。
それなのに、彼女は、激痛に涙と涎を垂らしながら、私を振り返って、微かに笑った。
そうだ、そなたを犯しているのは私だ。
これから先、誰に、どれほど陵辱されようと、そなたの身体の初めてを奪ったのは、この私だ。
この残酷な苦痛の時を、せめて心に刻んで、今よりも果てしない地獄でこの娘は生きていく。
こんな外道の、人にあらざる所業が、この娘の救いになってくれることを願いながら、私は彼女の身体の中に砲身の全てを埋め込んで、奇跡のように辛うじて身体に残されていた精の全てを彼女の内腑に解き放っていた。

……ありがとう。お礼は、ちゃんと言うよ……

……これでもう、大丈夫なんだから……

……ありがとう、なのです……

そのとき、その言葉を、確かに聞いた。
私の罪悪感が聞かせた空耳などではなく、彼女の……響の口から、確かに彼女たちの声を、私は聞いた。
そして、
「ありがとう……。これで私は……、どんな世界でも、生きていける……」
最後に、響自身の声でそう私に微笑むと、彼女は気を失った。
そうして力の抜けた身体から、私は全ての役目を終えてふぬけた男根を引き抜いた。
私の役目は、終わった。

いや、まだ一つだけ残っている。
せめて、その身体を清めてやらねばならなかった。
露助たちの前に出すときに、男の精液まみれでは、引き渡しのその場で何をされるかわかったものではない。
響が目を覚ますまでに、せめて身体を洗う湯を用意してやりたかった。
とはいえ、撤収寸前の上に元々物資不足だったこの建物に、まともに動くボイラーも無い。
しかし幸い、空のドラム缶だけはそれなりにあった。
井戸水を汲んで中のきれいなドラム缶に注ぎ、空と思われたドラム缶の底で見つかった重油の残りカスを掻き集めて燃料にし、あとは簀の子代わりの木材は、建物の立て付け板からへし折って調達した。
三度も全力で精を放った身体は今にもへし折れそうであったが、今このときだけ動けばよいと己を殴って叱咤して動かした。
身体を殴って動かすことを叩き込んでくれた江田島の先輩共に、まさかこんな人生の終わりになって感謝する日が来ようとは。
東の空が少し明るくなり始めたところで、なんとか湯と着替えの準備が出来て、響の様子を見に行くと、丁度目を覚ましたところだった。
しばらく響らしくなくぼうっとしていたが、目の焦点があった途端に、その裸身に敷布を巻きつけて私の視線を遮って恥じらったことが、私には嬉しかった。
「湯を用意している。洗ってきなさい」
「いい。このままで……」
髪に絡みついたままの私の精液の雫に触れながら、響はそんなことを言う。
「私の響は、わが国の艦は、こんなにも美しいと、奴等に見せつけてやるんだ。
出陣の準備は、整えないとな」
笑いかけてやったつもりだったが、うまく笑えただろうか。
しばらく私の顔を見つめていた響は、こくりと頷くと、敷布を纏ったまま立ち上がった。
湯に入る寸前に一瞬、東の空から広がる朝日の前触れに照らされた響の身体は、生涯忘れられぬほどに美しかった。


**********************


時が来た。
響を受け取りに来たソ連将校たちは、こちらを見下す態度こそあからさまであったが、さすがに雑兵とは違ってそれなりに節度を持っていた。
考えてみれば、バルチック艦隊を破った後でロシアことソ連の海軍力は激減しており、響は戦力として現実に貴重なものなのだろう。
その意味では、イギリスあたりに引き取られていく娘や、アメリカに奪われた娘よりも、あるいは、ましな運命になってくれるのかもしれない。
気休めかもしれないが、そう、思った。
見慣れた、そして、最後に見ることになる服装で、響は私を見上げてきた。
「司令……」
私が出世してからも、ついぞ提督とは呼ばなかったなと思い出す。
そうなる前から、私の傍に居続けているという気概があったのだろうと、こんなときになってようやく思い至った。
そんな私の朴念仁を悟ったわけでもないだろうが、響はささやくように小さく口を開く。
「愛してる。…………永久に」
不死鳥は、喩えようもなく美しい笑顔で永遠を誓った。
そうして、翼をはためかせるようにして身を翻す。
その背に幾重もの翼のように、三人の少女の姿が見えたような気がした。
それから堂々たる歩みで、自らの分身にして一心同体たる艦へと向かう。
居並ぶソ連将校たちが、思わず居住まいを正して一斉に敬礼するほどに、その後姿は余りにも美しかった。

そうして、響は振り返ることなく、日本海の向こうへと旅立っていった。


****************************

その後の人生は、私にとって蛇足のようなものだ。
だが、あえて一つ無理をして、かつての舞鶴鎮守府の近くに居を構えることにした。
生き残っていた同期の桜の首根っこを捕まえて、職権濫用をいくつもした。
佐渡や利尻の方がウラジオストクに近いことは分かっている。
しかしそこでは帰ってきたときに私がそこに居るとわかるまい。
舞鶴ならば、つてをたどれば私がいるとわかるかもしれない。
そんな、叶うはずもない望みのために、私は戦後という時代をそこで過ごすことにした。
戦後に溢れた未亡人をもらってくれと方々から頼まれたが、全て丁重に断った。
あの日以来、私は男としては役立たずになっていたから、それを理由とすれば皆引き下がってくれた。
だが、そもそも私にとっての最後の女は、あの不死鳥以外ありえないと誓いを立てたのだ。
生涯最後の交わりが最愛の女だった私は果報者に過ぎるが、その幸福を薄れさせたく無かったのだ。
何をしていたかといえば、何もしていなかっただろう。
あえていえば、漁師になった。
漁師といっても、小舟を日本海に出して日がな一日ウラジオストクの方を眺めていることが多かったが、そんな私の気配の無さが幸いしてか、よく魚は釣れた。
魚を売る市場で、アカの連中と顔が繋がったのは幸いだった。
元帝国軍人としてはあるまじきかもしれないが、それでも私は日本海の向こうの情報が欲しかったのだ。
そうして掻き集めた噂の中に、確かにその情報はあった。
ヴェールヌイ、と名付けられている。
どんな意味かと日露辞典を紐解いてみたら、信頼できる、という意味と知った。
虐げる艦に、そんな名前は付けないだろう。
彼女が、せめてその誇りを失うことなくあってくれることを願うしかなかった。
やがてヴェールヌイの情報が途切れ、再び手を尽くしたあげく、練習艦となったと聞いた。
響が、練習艦か。
次姉のくせに、長姉の暁よりも姉然としていた面影を思い出す。
さて、北の新兵どもにどんな練習をしているものか。
その頃には、私にはもはや、響が虐げられる姿を想像することができなくなっていた。


もはや戦後ではない、などと何を言うのか。
ラバウルよりも遙かに近いはずのウラジオストクが、こんなにも遠いままだというのに。
手を尽くしても、響の情報が手に入らなくなって数年が過ぎていた。
衰えた身体で日本海に船を出すことも出来なくなり、私自身、もはやただ生きているだけで、月日が虚しく過ぎていく。
そろそろ、先に逝ったものたちの後を追う日が近いだろう。
そんなある日、来客があった。
この家に来客があったことなど、新聞の勧誘を最後にここ数年記憶に無い。
扉を開けた私は、一瞬、目が眩んだかと思った。
長い黒髪を、太陽の光に梳かして風になびかせながら、ロシア風の毛皮服に身を包んだ少女がそこに立っていた。
最初は、暁が現れたのかと思った。
しかし次の瞬間、暁よりも、髪が白くなる前の響の方によく似ていることに気がついた。
だが同時に、もう遙か昔に胸を病んで若くして死んだ私の姉や妹にも似ているような気がした。
「そなた、は」
少女は、見覚えのある、生涯忘れまいと思ったあの笑顔を見せて、
「あなたが、私の……」



 

最終更新:2014年06月11日 22:04