廻る運命の輪

空から地上を照らす役が、穏やかな光を放つ月から燦々と輝く太陽に交代しようとしていく時に、二つの命が互いの命を刈り取らんと火花を散らせていた。
片や、剛力無双の鬼、星熊勇儀。
片や、妖剣にとりつかれた半霊の剣士、魂魄妖夢。
磁石のN極がS極を求めるようにして巡り合った二人は、このバトルロワイアルという狂気の沙汰の中に置いて、ただ相手を殺さんとする意志のもとに、その強大すぎる力と力をぶつけあっていた。

「うおおおりゃあっ!!」
「――見えるっ!!」
勇儀の持つ、あまりにも大きすぎる杉の木が、妖夢に振り下ろされるも妖夢は一瞬でその軌道を見切りかわす。
かわされた大ぶりの一撃は、大地を叩き、激しい轟音をかき鳴らす。
と、その一撃をかわした妖夢が空中からアヌビス神を振り下ろすが、振り下ろされた剣の軌道の前に太い幹が割り込む。
だがその幹も一瞬でバラバラにされていき、砕けた大地には木端が降り注ぐのみ。

「……クククク。幻想郷にいた時より動きが若干鋭くなっているんじゃあないか?剣士さんよぉ?」
「……斬るっ!!」
勇儀の問いかけも聞く耳持たず、といった感じで妖夢が駆け出す。
雷の如き速さで駆け抜ける妖夢の動きに合わせるように、勇儀はその身体を流していく。
それでも竜巻のような剣戟は、勇儀の肌に数多の細かい傷をつけていった。

だが、それでも勇儀は――嗤っていた。
すっぱりと切断された腕の切り口からも、あらわになった胸についた傷をはじめ、全身に細かくつけられた傷からも行くあてのない血がたらたらと流れ出ていくのも意に介さず、ただ嗤っていた。

「オオオオオオ!!」
猛獣ですらひれ伏さん程の雄叫びが、周囲の空気をびりびりと揺さぶっていく。
並みの人間ならそこで卒倒してしまいそうな空気の中、妖夢は退くどころかあまりにも冷静にその様を見つめていた。
「来い!!来いよぉ剣士さん!!もっと、もっともっと私を楽しませなよォッ!!」
笑っている。
まるで子供が野原ではしゃいでいるように笑っている。
だが笑いながら勇儀は、まるで超大型の台風のようにありとあらゆるものを薙ぎ倒さんともしていた。
純粋なる暴虐。
暴虐の権化と化し、狂おしいほどの笑いを浮かべながら勇儀は三分の一ほど斬り刻まれてしまった杉の大木をブン、とまるでその辺の棒っきれを振るかのようにブン回した。


「さあ……今度はこっちから行くぞ!!」
全てを薙ぎ倒す轟雷と見まがう大木の振り下ろしが、妖夢に襲いかかる。
「……遅いっ!!」
だが対峙する妖夢は迫りくる杉の木を前に退くそぶりは微塵も見せない。
と、次の瞬間、妖夢の目前に迫っていた大木に放射状にヒビが入り、そこを中心として一気に割れていった。
「……ほう?」
予想外の事態に、勇儀は右の眉を少し上げる。
その視線の先には、さっきまで自分の身体の一部だった右腕を突き出した妖夢が立っていた。
「流石は鬼の腕……凄い力……」
元の主を離れてもそこは腐っても鬼の腕、この程度の大木を砕くなど造作もない事だった。
「……フン、少々ハンデを与えすぎたか?」
「いや……そうでも、ない。」
舌打ちをしかけた勇儀の前で、妖夢は持っていた勇儀の腕をポロリ、と落とした。
こぼれおちた鬼の腕はズシンと音を立てて、地面に突き刺さった。
「流石鬼の腕……痺れる……」
「……フフフフ!!所詮貴様ごときに扱えるようなヤワな腕じゃあないんだよ!!息も上がっているじゃあないか!?」
「笑止!!」
次の瞬間、妖夢は地面を蹴り空高く跳びあがった。
「獄界剣『二百由旬の一閃』!!」
上空に飛んだ妖夢から発射された無数の大きな青い球がぱっくりと両断され、その中からさらに多い赤い球が勇儀に向かい降り注がれる。
だが勇儀は瞬時に身を翻し、この弾幕を少し被弾しつつもかわしながら体勢を立て直していく。
「フン、それがお前の本分かい!?」
「貴様を殺せればそれで良いっ!!」
「……そうかい!!それじゃあ、失望させてくれるなっ!!」
そう叫ぶと勇儀はドシンと大地に一歩を踏みしめた。
と、次の瞬間、勇儀の周辺に高密度の動かない弾幕が生成された。

「フフフ……剣士さんよ、さっきお前は『覚えた』とか妙な事を言っていたよなあ?」
「……それが、どうかしたのか?」
「おかしいと思ったんだ……一回は傷をつけることもできなかった私の腕を、二回目にはすっぱり斬り落としやがったその剣……まさかとは思ったがどうやら『成長して』いるな?」
「…………」
妖夢は何も答えず、ただ勇儀の隙を窺っている。
だがその態度は勇儀にとっては何の意味もない。
「強さを『学習』してそして『成長』していく……なんとも不思議な剣術を使っているようだなあ?だが、それも所詮おしまいだよ、剣士さん。」
「…………終わるのは、貴様の方だ。」
「いいや、お前の負けだよ。どれほど『学習』した所で、それを『活用』できなければ意味なんてないのさ。」

そう言うとまたドシン、と勇儀が大地を揺らし、先程生成された弾幕の外側、空から着地した妖夢の眼前すぐに新たな弾幕が生成されていった。

「楽しい戦いだったけど、これで終わりだよ、剣士さん。」
「……ああ、貴様を斬って、終わりにさせる。」
「……これを見てあの世に行きな!!」
ドシン、と更に先程までより強く、勇儀が大地を鳴らした。
まるで地震が起きたかのように、辺りがグラリと揺れていく。
「四天王奥義『三歩必……!?」



勇儀が最大の奥義を繰り出そうとした瞬間、勇儀も、それに相対する妖夢さえも想像だにしなかった事態が起こった。



突如地中から全身がトゲで覆われた車が飛び出してきたのである。







少し時間を戻そう。
勇儀と妖夢が刃を交える数刻前、地図で言う所のE-2の平原の場に、殺し合いが行われている場においてはいささか場違いにも見られる派手な車が鎮座していた。
まるで巨大遊園地のパレード車のような派手な車の中にいるのは、スキマ妖怪八雲紫。
そして彼女につき従う運転手となったスタンド使い、ズィー・ズィー。
二人はこの殺し合いの場に置いて、どのように動いて行くべきかを考えていた。
尤も正確に言ってしまえば、考えるのは紫のみでズィー・ズィーはそれに追従するだけなのだが。
「うーん……」
ズィー・ズィーと自分の支給品を確認しながら、持っている扇子を片手に紫は思案する。
あの荒木と太田という男達は、恐らく本気で私達を殺し合わせようとしている。
秋穣子を見せしめとして呆気なく爆殺したのもそうだが、この車――ズィー・ズィーのスタンド、ホイール・オブ・フォーチュンを発動させるのにかかす事の出来ない車を他でもないズィー・ズィーに支給してきた所から、荒木と太田は本気だと紫は考えていた。
このズィー・ズィーという男は、はっきり言ってしまえばスタンドを使う事が出来なければモリモリの腕の筋肉以外には何のとりえもない、ただの小心者の男だ。
だがその小心者の彼が車を得れば、スタンドを発動でき、十分に誰かを殺す事が出来るようになる。
その適材適所を、あの二人は理解している。それもこの上もなく。

(荒木に太田……只者ではないと思っていたけどやっぱり一筋縄でいく相手じゃあなさそうね……もちろん、この私を参加させた以上、そうだとは思っていたけれど。)
少しだけ、紫の眉間に小さな皺がよった。

「あ、あのう紫様……どうしたんですか?」
「え?ああ、少し考え事をしていただけ……ところでズィー・ズィー、何か気付いた事は無いかしら?」
「え、あはい。この地図なんですけどね、『奇妙』なんですよ。」
なんともしまらない間抜けな様相でズィー・ズィーが地図をがさがさと広げて紫に見せた。
「『奇妙』?奇妙なのは今に始まった事じゃあないじゃない。」
「それはそうなんですけど……この『地図』、ぐちゃぐちゃなんですよ、土地が。」
「……そうねえ、確かに私の知っている場所も適当に置いただけって感じだわ。」
地図の中に書かれている地名の中には紫のよく知っている幻想郷の地名もあれば、紫も知らない恐らくは『外の世界』の地名が並べられている。
だがその配置は子供が積み木遊びで適当に並べたかのように滅茶苦茶な並びだ。
これも恐らく荒木と太田の計らいだろうか?
しかし考えた所で特に意味もない事だ、と紫は地図を改めて見直す。
周りの風景などから、この場所がE-2だろうと言う事は判明したものの、そこからどこにどう向かうか、ということまでは考えが及ばなかった。
「……考えるべき事は多いけど、動かない事にはどうしようも無いわ。ズィー・ズィー、まずは誰か参加者を探すわよ。」
「参加者を……ですか?」
「ええ、幸いなことにこの名簿には私の知人の名前も多く書かれているし、その中には殺し合いに『反逆』しようとするであろう人の名前も書かれていたわ。それにあの荒木や太田といった男に関する『情報』も得たいところだしね。」
「はい、分かりました紫様。それでは早速向かいましょうか。」
ドルルン、とエンジンが軽快な音を鳴らし車体がぶるっと揺れた。
「……ところで向かうと言っても、どこへ向かいましょう?」
「……そう、ねえ…………」
改めて地図をもう一度見て考えようとしたその瞬間、二人の耳につんざくような轟音が飛び込んできた。
まるで大型旅客機が墜落したかのような轟音は、一瞬二人の思考を完全に停止させる。
「……ズィー・ズィー!!あの音のした方へ行くわよ!!」
「え?」
「え?じゃないわよ!!急ぎなさい!!」
「は、はい!!わかりました!!」
と、次の瞬間パレード車のような派手な装飾は一瞬で消滅し、スタイリッシュなスポーツカーへと車が変形した。
「ちょっと揺れますけど、我慢してくださいね、紫様ァー!!」
そう言うが早いが、車は一気に轟音のした方へと走って行った。





自分は今信じられないものを見ている、とズィー・ズィーはそう『心』で理解していた。
竜巻が起きているかのような轟音響く場所に近づくにつれ、背筋に冷たい汗が走り続けていたためある程度予測はできていたが、まさかこれほどまでに恐ろしい事態になっているとは。
今、ズィー・ズィーの前では壮絶な戦いが起きていた。
それを戦いという安易な言葉で表すのもどうかと思ってしまうほどの、壮絶な戦い。
目の前で繰り広げられているのは、純粋なる力と力のぶつかり合い。
片や、片腕を失い大きな胸をあらわにしながら巨木を振り回す剛力無双の少女。
片や、片手で怪しい剣をふるい、もう片方の手で恐らく切り落としたであろう相手の腕をふるう、剣士の少女。
その情景を初めて目にしたズィー・ズィーはそれが何であるのか理解するのに少々時間がかかった。

「……思った以上に派手に暴れているわね、二人とも。」
「ゆ、ゆゆゆゆ紫様ァ!!ありゃ一体何なんですかぁッ!?」
「……星熊勇儀に魂魄妖夢。私と同じ幻想郷の住人よ。」
「へ?紫様のお知り合いだったんですか?」
「まあ、ね。」
「って言うかなんなんですかあの二人!?『鬼』ですかっ!?」
「あら、よく分かったじゃない。星熊勇儀は『鬼』よ。妖夢の方は違うけど。」
「いいー!?」
「静かにしなさい、気づかれるわよ。」

隣で動揺している情けない運転手をよそに、紫はそっと奥歯を軽く噛みしめていた。
(まずいわね……この殺し合い、誰かが『乗って』しまうことだって十分に考えられたのに、よりによってあの二人が『乗って』いたなんて……!!)
剛力無双の勇儀、剣の達人の妖夢。
あの二人でさえもこの殺し合いに乗ってしまっているという圧倒的に非情な現実が、紫の精神を揺さぶっている。
じっとりと、紫の額に汗がにじんでいた。

(どうにかして止めたいところだけれど、真正面から行って素直に止まってくれるような相手でも状況でもない……それに勇儀はともかく、妖夢はあそこまで積極的に殺し合いに乗るような子だったかしら?持っている剣もいつも持っているのとは違うようだし……)
異様な状況であるにもかかわらず、紫は冷静に現状を分析して行く。
思考に費やせる時間は非常に少ないであろうことは予測できているが、そんな時こそ冷静に考えなくてはいけない。
幾重にも及ぶ思考を張り巡らせた結果、紫はある一つの結論を導き出した。
(……柄じゃあないけど、少々荒っぽい事をしなきゃいけなそうね。)
それは、『勇儀と妖夢を力でもって無力化する』というもの。
紫自身これが分の良い賭けだとは思っていないが、それでもこの二人を放置しておくのはあまりにも危険だと、そう判断した末の結論だった。
目の前で起きている暴虐の嵐は、やがて全てを破壊してしまうだろう。
そうなってから嘆いても、遅いのだ。
(やるしかない……でもそのためには、『賭ける』しかないようね。)
思案を重ねていた紫は、キッと決意を秘めるかのように口を結ぶと横でおびえているズィー・ズィーに向き直った。





「ねえ、ズィー・ズィー……あなた、命は張れるかしら?」
「……はい?」
唐突な紫の問いかけに、ズィー・ズィーの目は点になる。
それでも紫の眼差しから、彼女が真剣であるということは理解していた。
何かただならぬ気配を感じたズィー・ズィーは外にも気を配りながらも紫の方に真剣に襟をただした。

「答えなさい、ズィー・ズィー……あなたは、『運命』に立ち向かい、命を張れるかしら?」
「う、運命……ですか?」
「ええ。単刀直入に言ってしまえば今目の前で起こっているこの戦い……それに『介入する』意思があるかどうかって意味よ、ズィー・ズィー。」
「え……ええ~~~ッ!?」
「静かにしなさい、ズィー・ズィー。見つかるわよ。」
「す、すすすすいません……っていうか本気で言っているんですか、紫様!?」
「あら、私はいつでも本気で生きているわよ?」
見るからに分かりやすく動揺しているズィー・ズィーとは対照的に、紫は恐ろしいほどに冷静な――場合によっては冷徹にも見える表情で淡々と話している。
「言っておくけど、私は『本気』よ、ズィー・ズィー。私は何が何でもあの二人を止める。」
「で、ですが……危険すぎますっ!!あいつらがどれだけ強いのか、分からないんですか紫様っ!?」
「……分かっているわ。むしろ分かっているからこそ、行かなきゃならないと思っているのよ……」
紫の瞳にこれまでにないほどの冷徹さが宿った。
例え何が起ころうとも関係ない、思った事を遂行すると言う深い闇にも似たその冷徹さを前にズィー・ズィーは何も言えない。
ただ小さく震える事さえも、出来ないでいた。
そんな運転手の様相を見ると、紫はそっと口を開いた。
「……ズィー・ズィー、これは私のわがままよ。あなたを巻き込む道理なんか何処にもありはしない……だから、あなたが立ち向かいたくないって言うのであれば、それはそれで構わないわ。ここでどこへとも好きな所に行っても良いのよ。」
「え……良いんですかッ!?」
まるで宿題をしなくても良いと言われた勉強の出来ない子供のように、ぱあっとズィー・ズィーの表情が明るくなる。
それほどまでに、あの二人に戦いを挑むのが嫌だったのだろう。
まるでつきものが落ちたかのようにどっと汗を流しながらそれでいて安心した表情を見せていた。
「ただ、行くなら早めにしなさい。ぐずぐずしていると見つかるわよ?」
「は、はいっ!!」



ズィー・ズィーは大喜びで車を返そうとした。
だが、そこでふと頭に疑問が浮かんだ。


――――紫様は、どうやってあの二人と戦うんだ?


確かに、紫様は常人をはるかに凌駕する『力』を持っている。『凄味』も持っている。
だが……それだけであの暴虐極まりない二人を打ち破れるものなのか?
ちら、と外に目をやると、勇儀の振るった巨木を、妖夢が粉々に粉砕していた。
あれだけ大きくそびえ立っていた巨木をウエハースの様に呆気なく砕いてしまうあの二人を相手に、紫様が『勝てる』のか?
……一瞬、嫌なビジョンが脳内に浮かぶ。

――圧倒的な剛力の前に跳ね飛ばされ、魔剣にその血を吸われ、完膚なきまでに潰されてしまう紫の姿。

そのビジョンが浮かんだのはほんの一瞬だったかもしれない。
だがその一瞬が、ズィー・ズィーを硬直させる。
そして硬直した事で、ズィー・ズィーの脳内につい先ほどの情景が浮かんできた。



紫の頬笑みに高鳴った胸の響きが、歓喜が、幸福が一気に思い出されてきた。

……ああ、そうだった。



彼女は俺の『運命』だと、さっきまで俺は思っていた。
世界を正常なものへと導く、運命の輪こそが彼女だと、そう思っていた。
俺は、彼女とともに添い遂げ生きていくために生まれてきたとさえ、思っていた。



それなのに、それなのに――



俺は彼女を……『運命』を我が身かわいさに捨てようとしていた……?





ガン、と頭を金槌で殴られたかのような衝撃が走った。







ガチャリ、という音がした。
その方を見ると、今まさに紫が車を降りようとしていた情景が飛び込んできた。
このまま何もしなければ、紫は単身あの暴虐の嵐の中に飛び込んで行ってしまうだろう。
それだけは、それだけは避けないといけない。
彼女は『運命の輪』なんだ。
自分が正常な世界を構築するために必要不可欠な存在なのだ。
それをみすみす――みすみす失わせるなんて馬鹿な真似が、出来てたまるかという想いが、ズィー・ズィーの胸の中でめらめらと燃え滾ってきた。
キッと、前を向いた。
今にも遠くへ行ってしまおうとしている彼女を呼びとめるために、息を吸い込んだ――


「紫様!!」



その声は、離れようとして行く運命の輪を、少しだけ止めた。



「紫様っ!!俺も……俺も連れて行って下さいっ!!」

「俺もッ!!戦います!!立ち向かいます!!『運命』だろうが何だろうが……立ち向かって、戦います!!だから……」

「一緒に戦わぜで下ざいッ!!」



その涙は何を意味する涙だったのだろう。
それすらもわからないが、ズィー・ズィーは泣きながら同行を願った。
残酷な自らの『運命』に立ち向かうために、『運命の輪』を回すために、無様な顔で、みっともない声で、ズィー・ズィーは願ったのである。
その声を、紫はただ背を向けて聞いていた。



「――ズィー・ズィー。」
「…………」
「……私、あなたを見くびっていたみたいね。」
「……紫様。」
ゆっくりと、紫が振り返った。
その表情は、先程までの冷徹なものではなくまるで慈母のような優しさを湛えていた。



「行きましょう、ズィー・ズィー。一緒に来てくれる事……『感謝』するわ。」
「紫様……!!」
涙にぬれていたズィー・ズィーの表情が、ぱあっと明るくなった。
紫はその表情を見ると優しく微笑み、車中へと戻ってきた。
「ズィー・ズィー、相手はかなりの強敵よ……『覚悟』はできているわね?」
「勿論です、紫様。もう俺は逃げないって決めたんですから。」
ズィー・ズィーは完全に一皮むけ、別人にも見まがうほどに成長していた。
これならば、いける。
そう紫は確信していた。

「良い、ズィー・ズィー。どんな圧倒的な力にも隙は必ずできるものよ。それも相手が予想もし得ない所から攻めて行けば、きっと綻びはできる……私達に出来る最大の勝機はいかにその綻びをつくかよ。」
「相手の予想しえない所……それならば紫様、良い方法がありますぜ!!」
「どうするの?」
「まあ見ていて下さい。」
と、次の瞬間二人の乗っていたランドクルーザーのボディから次々と極太の棘が生え始めてきた。
ボディだけではない、タイヤからもスパイクと呼ぶには太すぎる、杭といっても過言ではない棘が生えてきた。
太い棘は、ガリガリと地盤を削って行き、大きな車体が完全に土中に埋まっていったのは文字通りあっという間の出来事だった。

「なるほど、地下から攻めていくって寸法ね。」
「ええ、ちょっとばかしガタつくんで乗り心地は良くないですけど、奇襲にはこれ以上の手は無いですよ、紫様。」
「ふふっ、期待しているわよ、ズィー・ズィー。」
「それじゃあ……行きますよ、紫様!!」

削岩機顔負けのその掘削力で、真っ暗な地盤をスパイクが削っていく。
やがてある所まで掘り進んだ所で、突如上からズシン、と地響きが聞こえてきた。
「……どうやら勇儀が本気になっているようね。」
ズィー・ズィーの喉がごくり、となった。
「だけど、これがおそらく最大のチャンス。勇儀は全神経を攻撃に集中させているはずよ。その時に懐に飛び込んでしまえば。」
「行きましょう、紫様。しっかりつかまっていて下さいよ……!!」

ドルン、とエンジンが唸りをあげ、地盤を削る音がだんだんと大きくなっていった。
地下から地上へと上がっているのがわかる。
そして、ぼこ、と音がして外の世界が見えた――――!!







「なっ……何だこれはっ!?」
勇儀と妖夢からすれば全く虚をつかれたと言っても良いこの現状。
だがそんな二人をあざ笑うかのように地中から飛び出したトゲ車は、今まさに発射されんとしていた勇儀の弾幕に突っ込んでいった。
バチバチと弾がボディに当たりはじける音が響いたが、車体には傷一つついていない。
その謎の乱入者を前にして勇儀は――
「……面白いじゃないか!!」
ニヤリと口角をあげていた。
それとは対照的に妖夢はただ口を結んでキッと睨みつけている。
そんな二人に対して驚いている間も与えないと言わんばかりに、トゲ車は弾幕をはじきながら土煙を上げて襲いかかってきた。

「――遅いっ!!」
一瞬、勇儀の脇を一陣の風が駆け抜ける。
アヌビス神を構えた妖夢がダメージを負っているとは思えないほどの速さで車に斬りかかろうとしていた。
だがこの突進を受け流すようにトゲ車はギアを変え飛び退くようにバックした。
スパイクが大地を削り、あたかも水しぶきを飛ばすように妖夢と勇儀に土を跳ねる。
「……馬鹿に、しやがって!!」
妖夢に続けと言わんばかりに勇儀が拳を握り車に殴りかからんとした。
「……ぐあっ!?」
だが、次の瞬間勇儀の肩口を穿つ何かが発射され、鮮血が吹き出した。
勇儀は予想外の攻撃に体躯のバランスを崩し、一歩下がった。
(……今のは、弾幕か!?いや、だが弾幕にしては呼び動作もなかったし何より『弾』そのものが見えなかった……今のは何かの間違いか!?)
だが、同じようにその場にいた妖夢も肩や腕から血を噴き出していた。
間違いない、あの車は『何か』を発射した。
だがその何かがわからないゆえに、勇儀はうかつに飛び込む事も出来ないでいた。
少し前の方にいる妖夢もまた、同じようにある程度の距離を保ちつつけん制している感じであった。
と、その時、勇儀の耳に思いもよらない懐かしい声が飛び込んできた。





「結界『夢と現の呪』。」
「この声ッ……!!」
八雲紫か、と叫ぼうとしたその瞬間、車の左右から大きな弾が飛び出し、はじけた。
はじけた中から無数の小さな弾が飛び出し、勇儀と妖夢に一斉に襲いかかる。
「……くっ!!」
小柄な妖夢はとっさに飛び退き対処しているようだが、勇儀は一瞬動きが遅れ弾をその身に受けてしまう。
全身に針を打ちこまれたような鋭い痛みが勇儀を駆け抜けていく。
並みの妖怪であったらこの時点で膝をつくどころか戦闘不能に追い込まれていてもおかしくないほどのダメージを、勇儀はその身に負っていた。

だが、勇儀とて並みの妖怪ではない。
「ふっざ……けるなぁっ!!」
「……来るわよ、ズィー・ズィー!!」
バチバチと音を立てながら体に撃ち込まれていく弾幕をものともせず、勇儀は車に真正面から立ち向かっていく。
だが、立ち向かおうとしていたのは勇儀だけではなかった。
勇儀の後方から、だん、と地を蹴る音がしたかと思った次の瞬間、勇儀の身体が一瞬薄い影に包まれた。

「でりゃああああ!!」

影の正体は、勇儀の後ろで様子をうかがっていた妖夢だった。
その軽い身のこなしを活かし、ふわりと飛んだ妖夢は大上段に構えたアヌビス神を車にふり下ろそうとしていた。
だが勇儀はその姿を確認する事もなく、握りしめた左の拳を振りぬいた。

勇儀の拳と妖夢のアヌビス神が、車に同時に叩き込まれ、まるで火山が噴火したかのような轟音が響き渡った。







「なっ……!!」
「何ィ~~~~~!?」

土煙が晴れ、勇儀と妖夢の目の前に広がった光景は、あまりにも二人の想像からかけ離れたものだった。



無傷!!
勇儀と妖夢の攻撃を受けながら、まるでカーショップの店頭に並んでいるかの如き無傷なままで、その車は鎮座していたっ!!



「……な、なんて堅さだ。」
「……くっ。」
そのあまりの光景に思わず一歩退いてしまう。
その様子をあざ笑うかのような濁声がひびいてきた。
「ははははは!!鬼と剣士もたいしたことはなさそうだなあ~ッ!?このスタンド『運命の輪』はその程度の攻撃なんかじゃ傷一つつかねーぜっ!!」
にゅっと、窓から筋肉モリモリの太い腕が飛び出し、二人を嘲る。
勇儀はもう一度殴りつけようとしたが、その動きを見せる前に車は急旋回して勇儀と妖夢を弾き飛ばしドリフト一回転して二人に向き直った。

「なあ、脳ミソ筋肉の鬼さんにツンツルテンチビの豆剣士さんよぉ!?さっきから威勢がいいのは結構だが、『鼻』は随分とにぶいんじゃあないかっ!?シブくないねぇ~!?」

その時、勇儀と妖夢はようやく気がついた。
この辺り一帯がさっきから油のような匂いで充満している事に。

「まさか、テメエ!!」
「そのまさかだよスカタンッ!!さっきからお前達に撃ち込んでいたのはオイルさ!!それもただのオイルじゃあない……」

バチッと、小さな音がした。
ふと見ると、車のランクルの辺りから小さなコードが出ているのが見えた。





次の瞬間、辺り一面が業火に包まれた。







「うおおおああああ!?」
「オイルはオイルでも『揮発性』と『引火性』の高さには定評のある……『ガソリン』だぜぇーっ!!ローストチキンの失敗作みたいに黒焦げになっちまいなァーッ!!」

先程から勇儀と妖夢に撃ち込まれていた見えない弾丸、それこそまさに『運命の輪』により発射されたガソリンの弾丸だったのだ。
更に先程の紫の弾幕の際にも辺りに撒き散らされており、辺り一面が文字通り火の海と化していた。
全身に撃ち込まれたガソリンが、撒き散らされたガソリンが、勇儀と妖夢の身体を容赦なく焙っていく。
全身を炎に蹂躙され、二人はやがてがっくりとひざを地に着いた。



「やったぁ!!やりましたよ紫様っ!!」
「……派手にやったわね、ズィー・ズィー。」
「へへ、これやるとガソリンを大量に消費しちまうんであまり使いたくないんですが、これも紫様のためですから……」
「――ズィー・ズィー!!」
「え?」

ズィー・ズィーは完全に油断しきっていた。
あの豪華の中では例え鬼といえども生き残る事は出来ないであろうと言う驕り。
運命の人である八雲紫を前にかっこいい所が見せられたという高揚感。
それらがズィー・ズィーを一瞬だけ、隙だらけにしてしまっていた。



そして、今戦っている相手はその一瞬を見逃すような甘い相手ではなかった。





「うおおおおおおおお!!」
「なっ、何ィーっ!?」

鬼がいた。
右腕を切断されようと、全身に弾幕を打ちこまれようと、ガソリンで燃やされ火だるまになろうと、相手を屠らんと襲いかかってくるその姿はまさに鬼だった。
ズィー・ズィーはなんとか切り返そうとするも、その車体をがっしりと掴まれてしまっては思うように動く事も出来ない。
車体から棘をはやそうと、勇儀はその棘がその身に突き刺さることも意に介さずギリギリと車体を剛力で締め上げる。
(なっ……なんて野郎だッ!!て言うか普通死ぬだろ!?)
「ううううおおおおおおおおおお!!!!」
勇儀は万力のような力で締め上げながら驚異的な筋力で車体を持ち上げていく。
地面にしがみついていた前輪さえも大地から離れてしまったその時、車内のズィー・ズィーと八雲紫は一瞬重力を失ったような感覚に陥った。

「で……やああああああああ!!!!」

フォームも何もあったものではない、癇癪を起した子供が投げ飛ばすかのような強引な投げ飛ばし。
投げ飛ばされたランドクルーザーは、ゴムボールのようにグルグルと回りながら、宙を舞っていった。

「きゃあああ!?」
「紫様!!何かにしがみついて!!」
視界がグルグルと回る中、ズィー・ズィーは燃える大地からこちらを睨みつけている勇儀を見ていた。
その目は、何が何でもこちらを殺してやるんだ、という純然たる殺意にどっぷり浸かりきった、何よりも人を恐怖させる目であった。

(クソッ……ここで終わるのか……!?俺は、ここで……!!)



もし、今ここにいるズィー・ズィーが八雲紫と会っていなかったら。
こうして投げ飛ばされるどころかそのはるか前でミンチにされてしまっていただろう。

だが、ズィー・ズィーは八雲紫と出会ってしまった。
運命の輪を回し、人生を正常な方向へと導いてくれる存在である、八雲紫に。
その八雲紫と共に立ち向かい、戦って、自分の一瞬のゆるみから今窮地に立たされている。

それがただ、悔しく、腹立たしく、情けなく。


「おおおおおおおお!!」


最高天へと到達した瞬間、ズィー・ズィーは吠えた。
鬼の咆哮の十分の一にも満たないほどの吠えだったが、それでもズィー・ズィーには断固たる決意があった。
八雲紫と添い遂げると言う、断固たる決意。
八雲紫とともに、運命の輪を回していくという、断固たる決意。

その断固たる決意は、『精神』を一歩先へと歩み出させていた。





ランドクルーザーの後部が、グニャリと飴細工のように曲がっていき、やがて錐のように尖っていく。
そして左右両サイドから角のように飛び出したトゲはやがて平たくなっていき、その姿をまるでジャンボジェットの翼の如く変形して行った。
その変形に伴い、重力に引かれてただ落ちて行くだけだった車体は、ゆったりと幾分安定した軌道を描くようになった。
「ズィー・ズィー、あなた一体何をしたの!?この車、飛んでいるわ!!」
「へっ、こんなの恰好つけて落ちているだけですよ紫様……ですが紫様チャンスです!!やっちまってください!!」
「……分かったわ!!」

ズィー・ズィーと紫の視線が交錯し、紫は軽くうなずいた。
目標は下にいる星熊勇儀。
鬼の形相でこちらを睨みつけている勇儀に向かい、紫はキッと鋭い視線を向けた。

「結界『光と闇の網目』!!」

赤と青のレーザーが地上に降り注ぎ、その根元から一気に弾幕が飛び散る。
空中からの広範囲の攻撃は爆撃機のように、辺りの大地に穴を穿っていく。
地上の勇儀はその攻撃を何とかかわそうとして行くが、業火に焙られたその身体には全てをかわせる余裕など残ってはいなかった。

「……ぐっ、ふぅ……!!ぐあっ……」
レーザーに身を貫かれ、弾幕に蹂躙されながらも勇儀は一歩も引く意思を見せない。
そこにあるのは純然たる闘志。鬼の意地、そして誇り。
勇儀は滑空するクルーザーを睨みつけながら、もう殆ど動く事はない足を高く上げ、ドシン、と踏みならした。
つい先ほど、妖夢に撃とうとしたが横槍を入れられた、勇儀最大の奥義である技を、今ここにぶつけようとしていた。

じわり、と勇儀の身体の周りを囲うかのように弾幕が展開されていく。
もう一度、ドシンと大地を踏みならし、今度は展開された更に周りに水色の弾幕が展開されていった。

「四天…王、奥義『三歩必殺』!!」

最後の弾幕を展開せんと、更に脚を高々と上げドシン、と大地を揺らした――――







だが、弾幕は発射されなかった。
踏み込んだその瞬間、大地が轟音をあげて崩壊したのである。

ズィー・ズィーの運命の輪によって地盤中に穴をあけられ、ガソリンの炎で水分という水分を干上がらされ、更には紫の空中からの弾幕の爆撃でボロボロになっていた地盤に、勇儀の三歩必殺の地響きに耐えるだけの力は残っていなかった。

まるで隕石が落下したかのようなクレーターを作り、その中心にいた勇儀は地面の奥へと飲み込まれていく。
辺りには勇儀の発射し損ねた弾幕が所在なさげに漂っており、やがて吸い込まれるかのようにすっと消えていった……

その様子を空から眺めていたズィー・ズィーは、思わずハンドルから手を離し拳を自分の元へと引き寄せた。

「や、やった!!やりましたよ紫様!!あの鬼をやっつけたぞおおお!!」
「ズィー・ズィー!!危ない!!」
「えっ!?」



フロントガラスに映る風景に、突如として小さな影が飛び込んできた。



「お前のその『硬さ』……覚えたぞオオオオオ!!」

飛び込んできたのは、魂魄妖夢。
炎にその身を焦がされながら、妖夢はただ只管に機会を伺っていた。
幸いにもズィー・ズィーと紫の攻撃は勇儀ただ一人に集中しており、妖夢はその巻焼け焦げた身体を何とか動かし被害の及ばない場所に待機していたのだった。
そして、先程勇儀が地盤を破壊したその衝撃を利用し――空を飛ぶクルーザーにアヌビス神で斬りつける。

そして斬りつけた刃は、いとも簡単に

クルーザーを両断した。





「ゆ……紫様ァーっ!!」
ズィー・ズィーの悲壮な叫びも虚しく、紫の乗っていたクルーザーの右半身はスタンドの力を失いがくん、と落下して行く。
ズィー・ズィーの乗っている左半身はまだかろうじて浮力をある程度保っているものの、保っているがゆえに右半身との差がじわじわと広がっていった。

「この俺はァ~~~~~!!絶ッ~~~~~対に!!負けな~~~~い!!」

その声は、妖夢の声か、それともアヌビス神自身の声か。
妖夢は浮力を失った右半身に照準を定めると、そちらの方に向かい落下しながら権を振りかざした。
紫は先程スペルカードを使用してしまっており、さらに急速に落下して行くこのバランスの悪い車中に取り残されてしまっている。
この状態で紫が助かる可能性など殆どないだろう。



だが、妖夢の視線の先にいた紫はその手に拳銃を握り締めていた。



これこそ、八雲紫が最後の最後に、と取っておいた切り札だった。
八雲紫に支給されたこの殺し合いの支給品を、紫はここぞという所まで使わないつもりでいた。
だが、そのここぞという所、がこんなに早くこようとは。
紫はほんの少しだけ妖夢に対し憂いを含んだような目で見ると、その引き金を引いた。







まるで大砲が発射されたかのような轟音が、辺りに響き渡った。





轟音とともに放たれた銃弾は、妖夢の顔面を貫き、一瞬にしてその命を呆気なく奪った。
まるで舞い落ちる木の葉のように、妖夢の体躯は力を失い重力に引かれるままに落下して行く。
その様子を、ズィー・ズィーは呆然と見ていたがすぐにその状況を思い起こし大きく叫んだ。

「ゆ、紫様ァー!!早く飛びおりて下さ……!?」

ズィー・ズィーの目に飛び込んできたのは、額に脂汗を浮かべ苦悶の表情を浮かべる八雲紫のその姿。
左手で右肩を抑えながら、何とか身体を動かそうとしているようなのだがどうもその動きはおかしい。
まるで見えない何かに身体を拘束されているかのような、理解できないものの危険そうである状況だった。

「ゆ、紫様!?いったい何があったんですか!?早く飛びおりないと……」

八雲紫は、たった一つだけ大きなミスを犯していた。
それは、紫の打った拳銃が、ただの『拳銃』と呼べるものではなかった事。

その銃のもたらす反動は、少女の身体にはあまりにも酷過ぎた。
ただでさえ急速に落下しながらという無理な姿勢での銃撃は、容赦なくその反動を紫の身体にぶつけていき――紫の右肩は脱臼してしまったのである。



(ま、まずい……!!何だかよく分からねーけどどうしようもなくまずいぜこの状況はっ!?いったい、一体どうすれば……)

緩やかに落下するなかで、ズィー・ズィーは必死に思考を巡らせる。
このまま何もしないでおけば、紫の乗っている右半身は地面に墜落し、その後自分の左半身も墜落してしまうだろう。
そうなってしまえば、最悪二人ともお陀仏だ。
いや、もっと最悪なのはズィー・ズィーだけが生き延び、紫が死亡してしまうこと。
それだけはなんとしてでも避けなければならない。

(紫様は、俺の『運命の輪』なんだ!!こんな所で死んで良い人なんかじゃあない!!)

そう思っても、今のズィー・ズィーには何もできない。
その状況が歯がゆかった。
恨めしかった。
せめて、せめてあと一歩、何か手さえあれば――



紫を死なせたくない。
ただそれだけがズィー・ズィーの頭の中を占めていた。



「うわああああああああああ!!!!」



たった一度でいい。
ほんの一瞬で良い。
もうスタンド能力が使えなくなっても良い。



――――俺は、紫様を助けたい!!





ありったけの力を込めて、ハンドルを握り締める。
アクセルを、床を突き破らん限りに踏みしめる。
ブレーキなんか、踏む必要はない。
ただ、助けたい人のためにズィー・ズィーはその想いの全てを左半身しかないクルーザーにぶつけた――!!





「紫様ァーッ!!!!」





爆発の轟音が、鳴り響いた。







「…………うっ……」

全身が焙られているかのように熱い。
それでいて崖から転がり落ちたかのように、ガンガンとした痛みを感じている。
外れてしまった右肩が特に痛むが、それ以上に八雲紫は何故自分が今この痛みを感じているのか理解できないでいた。



――――あの時、自分は斬りかかろうとしている魂魄妖夢を銃で撃った。
だがその銃は思った以上に反動が強く、右肩が外れてしまい、あまりの激痛に動けなくなってしまった。
そして遠くから、ズィー・ズィーの悲鳴が聞こえて……



「……はッ!!ズィー・ズィー!!ズィー・ズィーは一体……」
「紫……様……」

不意に聞こえる、いまにも消え行ってしまいそうな弱弱しい声。
その声の方を向くと、全身に酷いやけどを負ったズィー・ズィーが紫を炎から守るように立っていた。

「ズィー・ズィー……あなた、まさか……」
「良かった……良かった、本当に……」
紫が目を覚ました事の安堵だろうか、がっくりとズィー・ズィーが膝を落とす。
その細い身体を紫は慌てて支えたが、触れられて痛んだのか、ズィー・ズィーは苦悶の表情を浮かべた。

「あなた……なんでこんなになるまで……」
「……言ったじゃあ、ないですか……俺は紫様について行くって……」
「ズィー・ズィー……」

ほろり、と紫の眼から涙があふれていた。
「泣かないで、下さいよ……紫様ァ……それより、急いでここから……離れて下さい……この騒ぎで、誰かがまた……来ないとも限りませんから……」
ここまでボロボロになりながらも、ズィー・ズィーはただ紫の安全だけを考えていた。
その姿は、紫の眼にも何よりも貴いものに見えた。
「……ズィー・ズィー、あなたも行くのよ。」
「え」
「私について行くって……行ったんでしょう?それなら、ここで死ぬ事は許さないわ。」
「……紫様、ありがとうございます。」



運命の輪は、ボロボロになりながらも今確かに廻り始めていた。





【魂魄妖夢@東方妖々夢】 死亡





【D-2 猫の隠れ里/早朝】
【八雲紫@東方妖々夢】
[状態]:全身火傷(やや中度)、全身に打ち身、右肩脱臼、霊力中消費
[装備]:S&W M500 (残弾4/5)
[道具]:基本支給品、500S&Wマグナム弾(15発)
[思考・状況]
基本行動方針:出来る限り殺し合いには乗らない。
1:ズィー・ズィーを治療できる場所もしくは人を探す。

[備考]
参戦時期は後続の書き手の肩に任せます。



【ズィー・ズィー@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:ダメージ極大、精神消耗、全身火傷(重度)、穏やかな心
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:運命(八雲紫)に従う
1:紫様……俺は幸せ者です……
[備考]
参戦時期は後続の書き手の方に任せます。
八雲紫を運命の相手だと思っています
ランドクルーザーは大破しました。



<支給品情報>
【S&W M500 500S&Wマグナム弾15発@現実】
八雲紫に支給。
アメリカのスミス&ウェッソン社が2003年に開発した超大型の回転式拳銃。
500S&Wマグナム弾を発射する、一般市場に流通する商品としては世界最強の拳銃として有名……なのだが、
  • 拳銃というにはあまりにも銃身が長くそして重い。
  • 銃身が長いため照準が合わせにくい。
  • 威力は確かに凄まじいがそれに伴う反動も凄まじい。
と、欠点だらけな問題児である。
にもかかわらず、発売されるとアメリカでは生産が追いつかないほどの人気商品になった。
流石アメリカ。

























「――――ッ……」
「え?」

突然、ズィー・ズィーの瞳孔が窄まり、そして黒く広がり焦点が合わなくなる。
と、次の瞬間がくり、と糸の切れた操り人形のようにズィー・ズィーの首が力を失った。



ズィー・ズィーの胸を、何かが貫いていた。
それが見覚えのある手だと紫が気づいた時には、もう何もかもが遅かった。



「トッタ……トッタゾッ…………!!」





物言わぬ躯と化したズィー・ズィーの後ろに、



鬼が立っていた。




星熊勇儀は、死んでいなかった―――――



「うわああああああああああ!!!!」



その一瞬、何が起こったのか、当事者である八雲紫にもわからなかった。

全ての時間が止まってしまったかのような感覚すら覚える場に、先程響いた轟音がもう一度、鳴り響いた。







「…………嘘、よね?」



八雲紫の目の前に、二つの死体が転がっている。
自分に付き従うと言って、自分を守り続けてくれた従者、ズィー・ズィー。
先程まで死闘を繰り広げた鬼、星熊勇儀。



ビリビリと、手のひらが痺れている。
ズキズキと、両の肩が痛んでいる。

だがその痺れも痛みもまるで自分のものではないかのような感覚に陥っていた。



「……なんで?どうして?」



問いかけても答えてくれる者は誰もいない。

廻り始めていた運命の輪は、呆気なく――呆気なく、その動きを止めてしまった。



そして少女は、その事を理解できない。





【ズィー・ズィー@第3部 スターダストクルセイダース】 死亡
【星熊勇儀@東方地霊殿】 死亡
【残り 81/90】














【D-2 猫の隠れ里/早朝】
【八雲紫@東方妖々夢】
[状態]:茫然自失、全身火傷(やや中度)、全身に打ち身、右肩脱臼、両腕に痺れ、霊力中消費
[装備]:S&W M500 (残弾3/5)
[道具]:基本支給品、500S&Wマグナム弾(15発)
[思考・状況]
基本行動方針:…………
1:…………

[備考]
参戦時期は後続の書き手の肩に任せます。



アヌビス神はD-2猫の隠れ里、魂魄妖夢の死体のそばに落ちています。
新しく「『運命の輪』のボディの硬さ」を記憶しました。

050:穢き檻の眠らない夜 投下順 052:空が降りてくる ~Nightmare Sun
043:夜は未だ明けず 時系列順 054:狐狸大戦争、そして
022:ドライヴに行きませんか? 八雲紫 079:向こう側のメリー
022:ドライヴに行きませんか? ズィー・ズィー 死亡
027:蟲毒の華 星熊勇儀 死亡
027:蟲毒の華 魂魄妖夢 死亡

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最終更新:2014年06月19日 00:55